松本徹三氏の歴史認識について――歴史を現在の基準で判断することのあやまり

2013年11月06日 14:19

松本徹三氏の一連の日韓併合に関する記事は、多くの人の関心を集めたようですね。これを批判した石水智尚氏の「『日韓併合』の客観的事実を検証する」(参考)には、ブロゴス上で多くのコメントが寄せられています。総じて松本氏の見解を批判する意見が多いようですが、中には、松本氏の見解やその論証方法に賛同を寄せられる方もいます。

私も、こうした氏の見解について、「日本人と韓国人はどこで性格が大きく変わったのか?」を読んだ後、私見を私ブログ「竹林の国から」に書きました(参考」)。また、それがきっかけとなって、松本氏とツイッター上で意見を交わしました(正確を期すため、双方のやり取りを整理してブログに掲載しました。(参考)。その後、松本氏は、「『日韓併合』の正当性を唱える人たちへの最終メッセージ」をアゴラに書きましたので、これに対する反論(参考1参考2)を、私ブログに書くと共に、アゴラの氏の記事にコメントしました。


しかし、私の言わんとする所を、コメントで理解してもらうのははなはだ困難なことのようだし、私自身、今回の議論は、日本人が歴史を考える際の極めて重要なポイントを含んでいると考えましたので、久しぶりですが、あらためて、アゴラで私見を申し述べることにしました。

端的に言って、松本氏の論の問題点は、氏自身”「事実関係」と「評価(善悪)」を明快に切り分けて議論すべき”といいながら、その「事実関係」の認識に、氏が現在保持する「評価(善悪)基準」が入り込んでいるということです。(この辺りの記述は曖昧で、事実論として述べているのか、評価として述べているのか一瞬戸惑う箇所があります)

また、もう一つの問題点は、歴史の事実関係の認識に、このように現在の「評価(善悪)基準」を持ち込むことがいかに危険か、ということに全く気付いていないということです。この点については、松本氏の意見に反対する人の中にも、同様の間違いを犯している人がいます。その結果、両者の主張の違いは、結局、それぞれが持っている「現在の価値基準」の違いということになり、最後には、道徳的非難の応酬となります。

こうした結末は、松本氏の論述にもはっきりと現れています。すなわち、氏が持っている「現在の価値基準」に同意しない人たちは、「自己本位」で「相手の気持ちを推し量る」気持ちはさらさらなく、国粋的(国家主義的)な人たちで、過去を引きずった「上から目線」で、「こういう人たちの存在が・・・近隣諸国との友好関係を阻害している」といった具合・・・。

以上のことを、より判りやすく説明すると次のようになります。

まず、松本氏は、日韓併合に関する事実認識として次の三つの論点を提示します。
1.遅ればせながら世界の列強の仲間入りをしつつあった日本としては、至極当たり前の行動であり、列強もこれを認めたのだから、今から遡ってとやかく言われる筋合いのものではない(まして「謝罪」を求められるのは筋違い。それなら、欧米各国は、アジア、アフリカ、中南米の各国にそれに数百倍する謝罪を繰り返さなければならない事になる)。

2.当時の日本にもしそうするだけの国力がなかったら、当然ロシアが韓国を支配下に置いたであろうし、自国と合体させて多額の投資を行った日本に比べ、ロシアの場合は単に植民地として収奪の対象としただけだっただろうから、韓国民にとっては遥かに良かった筈だ。そのように考えると、日本による併合は、結果として韓国民の為に良かった筈なのだから、感謝こそされ、恨まれる筋合いはない。

3.日韓併合は、「二国間の条約」に基づいてなされたものであり、国際法に照らしても合法である。韓国の皇帝はハーグの国際司法裁判所に密使を送ってこの非をなじろうとしたが受け入れられず、頼みのロシア皇帝の支援も取り付けられなかったのだから仕方がない。当時の韓国は国際世論から見捨てられていたのだから、その事実を遡って覆そうとしても無理。

さらに、以上の3つの論点に加えて、松本氏は、現在あまり「言われていない」次の4つの論点を提示し、これを事実としています。この辺りの文章は、先に指摘した通り大変曖昧で、うっかりすると、これは松本氏の「評価(善悪)基準」による評価後の見解であるかのように受け取られます。しかし、よく読むと、これは「あまり言われていない」事実として追加的に提示されているものです。

1.当時の大韓帝国(清の冊封国家だった李氏朝鮮が、日清戦争の結果として清がその地位を失った為、清と同格の帝国となった)の主権者は皇帝の高宗であり、彼と彼を支える人たちは日本の支配を望まず、むしろロシアとの関係強化を望んでいた。〉

2.しかし、日露開戦を間近に控えた日本にとっては、兵站の輸送経路である韓国が「局外中立」であっては絶対に困るので、武力を背景に威嚇し、日本側が望む形での「議定書」を締結。日露戦争に勝利した後は、欧米諸国の暗黙の了承のもとに、次第に権益を拡大して、遂には「併合条約」の締結に至った。その全ての局面で、韓国政府は常に武力による恫喝の下で交渉せざるを得なかった。

3.「併合条約」締結後は「大韓帝国」は国号を「朝鮮」と改称させられ、朝鮮総督府が支配する「植民地」として運営された。伊藤博文等は、悪質な日本人が善良な韓国人の利益を不当に害する事のないように気を使ってはいたが、実際には悪質な日本人も多かったので、恨みを買う事も多かった。

4.また、この間、日本の歴史学者たちは、「日韓同祖論」をベースに、強引な「同化政策」の推進に加担した。「同祖論」といっても、「神功皇后による三韓征伐(日本書紀)」という真偽も定かでない一つの「伝承」だけをベースに「古来日本は韓国を支配下においていた」と論ずるとか、その時点での経済力のみを比較して「日本は成功した本家で、朝鮮は落ちぶれた分家」と勝手に決め付けたりしての議論であり、際立って公正さを欠いていた。

松本氏は、このように「事実」を列挙した上で、これらを集約する形で、「日韓併合条約」は、「日本が自らの利己的な目的(国益)の為に、独立国であった大韓帝国の主権者の意志に反して、武力による威嚇を背景に強制的に締結したものである」と判定しています。

その上で、「この理解が正しくないと考える人は、上記に含まれるこの三要素がなかったと主張されるのだろうから、もしそうであるなら、その根拠を示して頂きたい。先ずは、『それが事実だったかどうか』のみに絞って議論して頂き、その上でその事の『善悪』についてのコメントが欲しい。」といっています。

問題は、松本氏が、日韓併合の「事実」とされる三要素(「利己的な目的」「主権侵害」「武力による威嚇」)が、「事実そのもの」なのか、それとも松本氏の「現在の評価(善悪)基準」による評価を経たものなのか、ということで、これはいうまでもなく後者です。ここに一種のトリックがあって、「事実」の中に「評価」を含ませることでこれを「事実」とし、これに対する反論を防いでいるのです。

従って、松本氏が”この三要素を認めない人はその根拠を示せ”というのは、この松本氏の「評価(善悪)基準」を認めるか否かを問うているわけで、そのために、この論に反対する人が、その証拠として、いくらロシアの脅威を説いても、主権概念の確立は1922年(ワシントン条約)以降だと指摘しても、韓国の当時の自治能力の欠如を指摘しても、そんなことは、松本氏の先の「評価(善悪)基準」を覆す根拠とはならないのです。

では、このように、歴史の事実関係の解明に現在の「評価(善悪)基準」を持ち込むことがなぜいけないのか、ということですが、これは先に指摘した通り、異論をもつ人に対する一種の人格攻撃に帰結するということの外に、その最大の問題点は、事実関係の真の解明にはならない、というより、それを不可能にしてしまうということです。

ではどうすればいいのか。歴史の事実関係を解明しようとするときに最も注意しなければならないことは、現在の価値基準を歴史の事実関係の判断に持ち込まないということです。あくまでその時代の環境条件やその時代の常識によって事実関係の解明に努めることです。そうすることによってはじめて、なぜ、当時の人々がそのように考え、判断し、行動したのかが理解できるようになります。

こう言うと、歴史的事件を当時の常識で判断したら、その当時の判断を肯定することになり、歴史を批判的に学ぶことができなくなる、との反論を受けます。しかし、よく考えて見れば判ると思いますが、過去に起こった出来事を現在の価値基準で判断すれば、それは後出しジャンケンのようなもので、答えはすでに出ているのですから、その論者の主張は常に正しく、過去は常にその批評の対象にしかならない。言い替えれば、歴史は現在の自分を正当化するための道具にしかならないということです。

しかし、歴史を学ぶということは、そんなことではなくて、その時代の人々が、その時代条件(物的環境や思想的環境を含む)の中で、生き延びるために何をどう考え、未来を切り開こうとしたのかを理解することです。その上で、その後の成りゆきや結果を踏まえて、そうした経験の中から、今後とも継承・発展させるべき知恵は何か、また克服すべき課題は何かを学ぶ。それを、現在直面している問題の解決や、今後の未来形成に生かす、これが歴史に学ぶと言うことではないでしょうか。

松本氏は、こうしたプロセスを抜いて、いきなり事実の認定に自分の現在の評価基準を持ち込み、「利己的な目的」だからダメだとか、「主権侵害」だからダメだとか、「武力による威嚇」があったからダメと言っているのです。

しかし、先のプロセスを経て今日定説化している日韓併合に関する事実を踏まえれば、日本がこの時代、韓国を自らの勢力下に置こうとしたのは、帝国主義の時代であり、韓国が中国あるいはロシアの支配下に入ることは日本の安全保障上重大な脅威と考えたからです。そのために日本は日清・日露戦争を戦ったのです。つまり、それはまさに自らの生存をかけた戦いだったのです。それを単なる利己主義の発露ということはできません。

また、「主権侵害」については、確かに韓国の「独立」を犯すことにはなりました(韓国の人々が怒るのももっともだと思います)が、その他の「主権」の構成要素である国家(領土)の安全保障や近代化の遂行、国民生活の安定・改善を図るためには、その時点において「併合の外に道はない」(『小村寿太郎とその時代』岡崎久彦)と考えられたからです。また、このことは当時の関係主要国にも承認されました。従って、これを一概に「主権侵害」だから「悪」だと決めつけることはできません。とはいえ、「同化」が可能だと考えたことは大きな間違いでしたが。

また、「武力による威嚇」についても、「国際紛争の解決のために戦争に訴えない」ことが国際法上明記されたのは、1921年の国際連盟規約以降であって、それ以前の帝国主義の時代の国際紛争の解決に、「戦争に訴える」以前の「武力による威嚇」もあってはならないというのは、余りに現実を無視した議論だと思います。現在でも「武力による威嚇」を日常的に行っている国が周辺にあるのですから!

従って、これらの歴史的事実から私たちが学ぶべきことは、まず、国家というものは、その存続をかけて「国家利益」を追求するものだということ。主権を守るには、時代を読む先見性、それに基づく適切な外交関係の樹立、それを支える安定した国内体制の樹立、万一の場合に備えるための必要最小限の防衛力の整備、それに、繰り返しになりますが、民族問題を適切に処理する知恵を身につけるということだと思います。これは今も手つかずの状態ですが。

最後に、松本氏の歴史評価から得られる教訓とは何かを考えて終わりにしたいと思います。まず、国家は「利己的な目的をもってはならない」。次に「国家主権は時代を超えて無条件に保障されなければならない」。最後に、国際紛争の解決は「武力による威嚇を伴うものであってはならない・・・」。国家間にこうした理想を適用できるようになるのは、残念ながら、まだまだ先のようですね。

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