「希望は社畜」若者はなぜクソゲー化する就活に取り組むのか?常識と感情をいったん手放して考える

2013年11月09日 08:27



2008年。言うまでもなくリーマンショックの年だ。その後、「就職氷河期再来」という文字が何度もメディアにおどったし、「内定取り消し」「就活うつ」「就活自殺」などの問題も話題になった。最近では、内定率の改善、求人数の増加など明るい兆しも見えてきた。

さて、この5年間、本当はどれくらい就職難だったのだろう?


このたび、ここ数年の新卒一括採用、就活をめぐる議論を整理しつつ、「常識」と「感情」をいったん手放して、本当は何が問題なのだろうかを整理した新作『「就社志向」の研究』(KADOKAWA)を発表した。不毛な議論に終止符を打つべく用意した私の「最終鬼畜兵器」である。

「常識と感情をいったん手放す」

最近、雇用・労働関連の本を書き上げる際に、私が注意しているポイントだ。先月発表した『普通に働け』でもこだわったポイントである。雇用・労働をめぐる報道は、いつも「かわいそうな話」によりがちである。そして、これまた報道とはそういうものなのではあるが、タイミングごとのスポットの話になるので俯瞰した視点が抜け落ちがちになるのである。

この5年間を丁寧に振り返ってみた。

メディアで報道される「若者はかわいそう論」「会社にしがみつかずに生きよう論」とは違う、意外な事実が分かる。

ここ数年、「会社にしがみつかない若者」がメディア、特にネット上で話題になったが、それは一部の例である。過去、これほどまでに若者が会社員になりたいと思っている時代はないのである。本書では改めて、自由な働き方言説をぶった斬っている。

「就職氷河期再来」「就職難」ということが何度も報道されたが、実は学校基本調査を見ると、00年代前半と比較すると、就職者の絶対数、就職率(厳密には卒業生に占める就職者と、進学者で就職している者の率)、新卒無業者の絶対数、および卒業生にしめる新卒無業者の率は改善している。もちろん、80年代、90年代に比べると悪化していて「大学を出ても必ず就職できる時代ではない」という言い方は相変わらず正しいのだが、00年代前半の数年の方がよっぽどかわいそうだったのだ。

ちなみに、大学生の数が増えたから就職できなくなったという言説があるが、これも完全には正しくない。大学生の卒業生の数はこの00年代に入ってからは、若干の増減はあるものの、毎年約55万人である。18歳人口に対する進学率は上がったものの、大学生の卒業生の絶対数はほぼ横ばいなのだ。

また、新卒一括採用の見直し論、時には廃止論などまでよくメディアでは見かけたのだが、実はますます新卒一括採用に回帰したのが、この5年間である。例えば、経団連の「新卒採用に関するアンケート調査」の推移を1999年から見てみると、新卒の「採用実施企業」および「翌年卒の採用実施予定企業」の率はともに00年代前半にダウンしており、「採用実施企業」は80%台前半、「翌年卒の採用実施予定企業」は60%台前半にまで減っていたが、その後アップし続けているし、リーマンショックの後もそれぞれ90%台、80%台後半以上になっていた。

企業の採用担当者、大学職員などとの議論を通じて至った結論は、実はこの5年間はますます新卒一括採用に回帰し、そのシステムが完成されていった過程だとも言える。

さらには、日本の新卒採用の歴史約百数十年を俯瞰し、考えてみた。ある法則に気づく。言ってみれば、当たり前のことではあるのだが・・・。

1.(当たり前すぎるのだが)求人状況と連動し、就職難と売り手市場化が繰り返し起こってきた。
2.産業構造の変化とも連動して、特に就職難などの局面で今まで大卒が行かなかった業界、企業、職種に行くようになった。
3.何段階かで大学、および学部・学科の数が増え、大学生の数が増加し、競争が激しくなった(ただし、前述したようにここ十数年は大学卒業生の数はほぼ横ばい)
4.リクルートブック、リクナビなど自由応募を促すツールが普及してきた
5.何度も学業阻害や、早期化が問題となり、そのたびに時期の見直し論が起こるが、フライングが問題となった。そのフライングは上位校の学生に接触するためのものである。

一方、就活がどんどん肥大化していったのもまた事実である。若者の可能性にかけるという意味で、新卒一括採用という慣行は偉大なのだが、就活という行為自体はどんどん茶番になっている(特に中堅以下の大学に通う学生にとって)。

やや下品な言葉であるが、「クソゲー」化しているのである。Wikipedia、ニコニコ大百科からの引用で恐縮なのだが、改めて定義をひいてみた。
Wikipediaにはこうある。

【ゲームシステムおよび設定上の理由】
1、つまらなくて、すぐ飽きてしまうゲーム
2、難しすぎて、やる気がなくなってしまうゲーム
3、ゲームシナリオや設定が悪く、一貫性に欠ける
4、進行に問題をきたすほどバグが多いゲーム
【その他の理由】
1、安易なキャラクターゲーム
2、自称した作品
※なお、箇条書きの数字は常見が付記
出所:ウィキペディア「クソゲー」

ニコニコ大百科では次のようにまとめられている。こちらの方が、ウィキペディアよりわかりやすい。

1.バグが多い。酷い時にはゲーム続行不能となる。
2.ゲームバランスが悪い。クリア出来る人間がほとんど存在しない。
3.ストーリー・内容が理解不能。遊ぶ気が起きない。遊んでいて不快にしか感じない。
4.映像や音楽が酷い。遊ぶ気が起きないほど酷い。
5.システム・ゲーム設計が酷い。攻略本が無いとクリアできない。
6.そもそもゲームになっていない。遊びとしての最低限の基準すら超えていない。
出所:ニコニコ大百科

 
これらは就活にも当てはまる部分があるといえるだろう。会社説明会の予約が取れない、圧迫面接があるなど、想定外のことがよく起こる。過度な負荷がかかる。初めての体験だから、何をどうやっていいのかわからない。いつ内定が出るのかわからない。毎日、リクナビの同じような画面を見ていると、嫌な気分になってくる。どの企業も同じに見えてしまう。一部、就活対策本(攻略本)が必要となる場合も・・・。

就活がクソゲー化した元凶の一つは、リクナビをはじめとする就職ナビだ。その功罪については1章まるごとかけて考察し、批判した。

まあ、この「クソゲー」に超絶前向きに取り組む「意識の高い学生(笑)」もいるし、最近ではあらたな戦いとして「配活(希望の配属を勝ち取る活動)」の動きまであるのだが。

もうすぐ12月1日がやってくる。就活の、経団連の倫理憲章で言うところの解禁日である。実際はとっくに始まっているのだが。おそらくその前後には、意識高く新卒一括採用廃止、会社にしばられるなとツイートする「訓示親父」が跳梁跋扈するだろう。

ただ・・・。常識にとらわれてはいけない。感情論はカタルシスにしかならない。いま、雇用・労働を議論する上で必要なのは、常識と感情をいったん上手く手放した議論なのだ。

というわけで、最新作は新卒一括採用、就活、および就社社会に関する論考の決定版だと自負しているので、『普通に働け』と合わせてぜひ手にとってほしい。

試みの水平線

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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