小泉改革と金融機能

森本 紀行

先進経済圏における戦後経済成長の牽引力は、福祉国家政策による大衆消費社会の形成にあった。平均所得の引上げが課題だったのだ。しかし、1980年ころから、米国ではレーガン大統領、英国ではサッチャー首相が登場し、1970年代の困難な時期からの脱却を推進する過程で、平均から格差へ視点が動いていく。即ち、規制緩和と競争原理・市場原理の促進により、繁栄するものの更なる繁栄を可能にすることが、成長源泉と化してくるのだ。


そのような改革は、日本では、なぜか、なされなかった。ところが、遅ればせながら、ここまで遅れたならば、むしろやらないほうがずっと良かったという時期になって、小泉内閣は、「構造改革」と称して、似たような方向を打ち出したわけである。皮肉なもので、その小泉内閣の構造改革路線の後、2009年初頭、オバマ大統領がでてきて、過去30年間の路線の転換を宣言したわけだから、随分と時間の巡り合わせが悪かったのだなと思う。

小泉改革は、郵政民営化に象徴されるように、金融制度改革に大きな力点を置いた。実は、1980年代の米国や英国の改革でも、資本市場の自由化と高度化が最も重要な要素であった。それにしても、なぜ、日本では金融制度改革が遅れたのか。当然、日本でも、1980年代を通じて、戦後復興型の金融制度設計からの転換は構想されていたのだ。

もはや、過去のことはわからない。しかし、適切に機能しなくなった金融制度が、長々と生き延びたはずはないと考えるのが自然であろう。それなりに機能していたからこそ、存続し得たはずなのだ。小泉内閣は、それなりの機能では満足しなかったか、あるいは、放っておくと機能不全に陥るリスクを認識したかで、「改革」を断行することにしたのであろう。そう考えないと、おかしなことになる。

さて、小泉改革後の日本の金融システムは、有効に機能しているのか、機能が強化されているのか。それとも、機を失した改革の結果として、逆に、機能が低下しているのか。あえて、どちらかを選ぶとすれば、何とはなく、後のほうではないかと感じるのは、私だけではないであろう。

ところで、旧来の日本型金融システムとは何であったか。それは、小口な預金を限られた数の金融機関へ集積して巨大な資金の塊を形成させ、それらの金融機関が投資主体となって、産業界へ投融資を行うという仕組みであった。保険もそうである。小口な掛金の集積が、少数の巨大な機関投資家としての保険会社を創出し、それが産業界の重要な資金源となっていたわけである。

旧郵政省の郵便貯金と簡易保険もまったく同じ仕組みで、この場合は、集積された小口貯蓄が政府の投融資に回ったのだ。まさに、郵便貯金と簡易保険は、「大きな政府」の象徴みたいなものであるから、小泉改革の標的になったのは、よくわかる。民間の金融機関についても、資本の集積を優先させるあまり、規制という名のもとにおける過大な保護政策がとられている点に、小泉改革の穂先が向かったのだ。

確かに、日本型金融システムは、1980年には、戦後復興と高度経済成長という役割を終えていたのだから、その改革を断行した小泉内閣は間違ってはいない。しかし、問題は、なぜ20年遅れなのかということと、そこまで遅れたならば、別の改革路線を検討すべきではなかったのかということなのだ。

では、どうすべきだったのか。あるいは、今、どうすべきなのか。今まさに、金融庁が真剣に検討している最重要課題であろう。日本の金融は変わる、いや、変わらねばならない。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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