教育のICT化は現場から

2013年11月16日 00:21

行政改革推進会議が秋の行政事業レビューを実施し、「ICTを活用した教育学習の振興に関する事業」がレビューされた。

これに参加した東洋大学教授、山田肇氏が、記事「全く評価されなかったICTを活用した教育学習振興事業」を書いているように、結果は散々なものだったようだ。 

なぜ、このような結果になったのだろうか。 


現場を知らないデジタル教育推進派

その理由の一つは、山田氏の記事の次の部分を見れば良く分かる:

今年度で終了するフューチャースクール・学びのイノベーションで、きちんと効果が示されるはずと信じていたのだが、ぼくの期待は裏切られた。11月12日には稲田朋美規制改革担当大臣と都内の小学校を事前視察したが、せっかく配備された電子黒板・タブレットなどを活用できていない状況を見学しただけに終わった。ましてや、導入効果など評価されてさえいない。

フューチャースクール推進事業は平成22年度から始まり、今年度は、最終年度の4年目である。最終年度になって、デジタル教育推進派の山田肇氏が、フューチャースクール推進事業の実態について、これほど何も知らないでいたというのは、驚き以外の何物でもない。 

山田氏が、こういったフューチャースクール推進事業の現実を、事業が始まってから3年以上も知らないまま、「デジタル教科書のメリット・デメリットなど、今さら議論は不要」といったデジタル教科書推進への賛成意見を述べていたというのは、理解に苦しむ。私には、山田氏は、デジタル機器を配布しさえすれば、何もしなくとも、学校側が有効に活用すると、思っていたとしか、思えない。

レビュアーが言うように、事業の効果・成果の定量的な検証や課題の把握が十分でないまま、推進を続けるのは問題があるだろうが、デジタル教育を推進する側と、教育現場の意志疎通が不十分であったことが、今回の厳しいレビューを招いたように、私には思えてならない。

デジタル教育を推進しているデジタル教科書教材協議会(DiTT)もその会員を見ると、所謂、関連企業が占めており、教育の専門家集団という訳ではない。デジタル教育推進の主体は、教育の専門家と現場の教師であるべきだろう。

教育改革は現場から

教育の主体は、現場の教師である。現実に授業を行う教師に、彼らが行いたい教育を実現させるにはどうしたらよいか、という視点が大事ではないだろうか。デジタル機器というのは、その道具に過ぎない。 

フューチャースクール推進事業の報告書を見ても、授業の補助としてデジタル機器が使われるというより、始めからデジタル機器を使うことが目標になっているとしか思えない実験が多い。教育現場のニーズを満たすためにデジタル機器が使われているという感じには見えない。 

一方、先週紹介した、フィンランドの中学校での教育の様子を見ると、書画カメラやパソコンを授業で使ってはいるが、あくまで教科書を呈示したり、答え合わせのための解答を表示しておくといった、補助的な使い方であり、私には、デジタル機器は、こういう使い方こそが望ましい使い方のように思えてならない。

教育はあくまで人間が行うものであり、デジタル機器は単なる道具である。道具に振り回されることなく、あくまで現場の教師が望む授業を実現する道具としてデジタル機器を考えたい。 

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