在日特権について2

2013年11月18日 10:00

在日特権についての続きで、池田先生も「「在日特権」なんて存在しない」と仰っているので、それについてです。


■特権か優遇措置か

池田先生から同和利権などの話も出ましたので、同時にお話ししたいと思います。

私の記憶から考えることですが……。

「在日特権」という言葉は、特権か利権(優遇措置)かなどということは、ほとんど気にしないで使っているでしょう。私が理解しだした中学生ぐらいの頃(30年ほど前)には、大阪では「在日特権・同和利権」と呼んでいたと記憶しています。元々は隠語と言ってよい言葉で、確証はないけれど、単に語呂が良かった方が広まった(逆に、同和特権・在日利権は、何となく言いにくい)だけじゃないかと私は思っています。

30年、あるいはもっと前から、既に「在日特権」と呼ばれていた訳です。その頃「特権」というのを「特権階級が持つ権利」つまり、「在日の人は特権階級」と思って「在日特権」と言ってた訳がありません。少なくともそういう言葉を使い出した人達は、彼らのことを差別的に見ていたのは間違いないのです。

優遇措置というのは基本的には貧困対策であり、もしかしたら、私のような普通の貧乏人から見て「貧乏人の中の特権階級」という意識があったのかも知れませんが、とにかく差別的に始まり流通し始めた言葉である。というのが私の印象です。

現在、若い所謂ネット右翼と呼ばれる人達の一部に、「在日の人は特権階級」と思っている人がいるらしく(ホントに?)そういう間違いを誘発する「特権」という呼び方に問題があるかも知れません。しかし、「同和」と言えば「被差別部落出身の人」も指すけれど、「同胞融和の略」という本来の意味としてはおかしいのと同じで、流通し始めた隠語を変えることは無理でしょう。

「在日特権」という言葉が実際に指しているものは様々な優遇措置のことで、優遇措置は現実に存在します。「特権」という呼び方が気に入らない人は「『貧乏人が貧乏人の中の特権階級』という思いでつけた名称」ぐらいに考えればいかがでしょうか。

■在日特権・同和利権ができ、なくならない理由

1970年以前は、同和・在日差別は非道い物だった(らしい)。私の子供時代にもある程度残っていましたが、かなり少なくなっていたので実際に見聞きしたものは少ないですけれど、それ以前は推して知るべきでしょう。
悪名高い「通名」も、元々は、日本式の名前を名乗らなければとても生活できないぐらいの差別があったから使われた、ということもあるのです。他の優遇措置も池田先生がご指摘するように、役所が差別的に協議を避けて与えたのか、人道的見地から与えたのか、反差別運動によって勝ち得たのか……、恐らくその全てが理由の一つになっているでしょう。

優遇措置ができたころは非道い差別が存在し、普通の職業に就くことは非常に困難でしたから、暴力団関係者に在日・同和の人が多くなりました。同時に差別をなくすための運動は激しく行われましたから、当然、その運動に暴力団関係者が入って来るというのも自然の流れです。

暴力団関係者に非合法に脅されれば法的に対応のしようがありますが、「差別するのか!」とすごまれると正当な無敵の抗議になってしまう。それでも拒否すると、張り紙やビラ、デモなどが延々と続きます。

「(実際には差別ではなくても)差別するわけにはいかないし」と、ある意味、担当者としても言い訳ができ要求を呑んでしまう。他にも、差別的に「彼らと話をするのは無駄」という対応した人もいるでしょう。いずれにしても、一旦要求を呑んでしまうと、役所は前例主義なので、次からは事務的に同じことが続きます。現実に何十年も、非合法に税金を免除されていたり、地域によって違いますが、様々な例外的措置が続きました。

一旦できた優遇措置を見直そうとするときも、「差別するのか!」とすごまれ、延々と抗議が続きます。これは今でも起こっています。その実例として、大阪市で刺青の問題が発生しました。東京発のメディアは「ファッションがどうの」という明後日の批判をしていましたが……、実際は同和問題だったわけです。その他諸々の同和問題に斬り込んだ橋下市長には殺害予告が次々と届き、大勢のSPなしでは生活できない状態です。

■在特会と竹田氏の発言

竹田氏の発言:
「在特会は、いいこともしたんです。喋っている内容がいいというわけではなくて、在特会が活動したおかげで、在日の特権というものの問題が明らかになったわけです」

私も在特会のやり方は、もちろん評価のしようがありません。主張の中には間違いも多く、狂ったレイシストだと思います。

一方で、在日特権・同和利権が残り続けている元凶は役所の怠慢であったとしても、現実には、橋下市長のような人でも簡単には解決できない難しい問題です。役所の担当者が毅然とした対応をするには、世論の後押しがなければ不可能と言えるでしょう。

そんな世論を作ることは、大手メディアが報道し多くの人に認知されない限りできませんが、大手メディアにとって在日特権・同和利権はタブーでしたから、そのタブーを破るきっかけになった点で、在特会の存在は良かったと私は思っています。

恐らく竹田氏が言いたかったことは同じだと思いますし、批判されるようなことは言ってないでしょう。

在日特権は、同和利権とほぼ同じですが、同和利権が語られないのは、別に在日を差別をしている訳ではなく「関東圏に少ない問題だから」と思うのですけれど(これは、私にはよく分かりません)

■「無敵の言葉」に弱すぎる

「差別するのか!」というのは「無敵の言葉」です。日本人は「無敵の言葉」を言われたら、そこから論理的な話はできなくなる人が非常に多い。

例えば、「戦争被害者の気持ち」というのも「無敵の言葉」と言えるでしょう。そう言われれば、日本は国として思考停止して簡単に謝ってきましたし、今も「謝りたい」と思っている日本人が少なからずいます。「無敵の言葉」には、日本人を論理的な話ができなくなる思考停止状態にする力があるようです。

最初に「無敵の言葉」を使った人は純粋な良心で言ってるのかも知れません。しかし、中には意図的に「無敵の言葉」で攻撃する人達(所謂プロ市民)もいて、そういう人達が集まって、その「無敵の言葉」を使う組織ができると、逆に問題は解決しなくなるのです。

戦争反対を言う組織も、在日差別や、同和問題(部落差別)をなくせ!と言うのも大差はない。

組織化すれば元の目的よりも「組織の維持」が第一の目的になりますから、差別をなくすためにできた組織が、その組織の維持の為に差別を残しているのです。「(在日・同和)差別をなくせ」という活動をしている団体がなくならない限り、差別がなくなることはないでしょう。

「子供を守れ」
「金(経済)より命」

なども「無敵の言葉」と言えます。

「子供を守れ」と言ってる組織は、子供を守るよりも、不幸な子供を探すのに必死になっています。子供より組織を守ることに注力するようになっている証拠です。

「無敵の言葉」に反応して思考停止する人は、そういう組織に絡め取られる可能性もありますし、そうでなくても安易に賛同することによって、そういった組織の後ろ盾になってしまっています。

「無敵の言葉」が正しいか、本質がどこにあるのかを考えることはとてつもなく面倒くさいことです。
しかし、面倒くさくなって思考停止することを狙ってくる人どころか、思考停止を狙ってくる国があることに気づくべきです。

■在日特権・同和利権なくすには

同和問題は既に垣根はなくなっていますが、在日問題は、まずは、帰化の推進と特別永住者、一般永住者の垣根をなくす必要があるでしょう。

垣根をなくした後に残るのが、「差別をなくせ」と言い続ける組織をどうやってなくすかです。これは本当に難しい。実際には組織は残るでしょうから、鞍替えをして貰うしかない。

鞍替え先は「貧困問題」が良いのではないかと思っています。貧困問題は、まず、永久になくなることはありませんし、在日・同和問題と地続きですから、なんとかならないかと夢想しているのですけれど……。

とにかく、組織が残っている以上、簡単にはなくならないだろうと私は思っています。

株式会社ジーワンシステム
生島 勘富

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