「創氏改名」についての誤解

池田 信夫

日韓問題は複雑なので誤解が多い。アゴラで書いたように、その多くは日本の戸籍制度が原因になっている。「創氏改名で民族の誇りを傷つけた」という話もそうだ。


創氏改名は強制ではなく任意で、1940年に受け付けが開始されてから半年で、80%以上が創氏を届け出た。名前を日本式に変えたほうが有利だったからだ。当時、朝鮮人から出たのは、「日本名に変えても内地に本籍を置けないのでは『内鮮一体』にならない」という不満だった。

他方、これを「日本が朝鮮人を同化させる温情主義だった」とする一部の保守派の主張も誤りだ。戸籍には朝鮮名を必ず付記させたので、日本式の名前を使っても戸籍を見れば身元がわかるしくみだった。こうした「四民平等」の建て前の裏で「二等国民」を識別するダブル・スタンダードが陰湿な差別を生み出した。

本籍地で国民を識別する壬申戸籍は、農民を土地にしばりつけた江戸時代の宗門改帳のなごりを残す国民監視制度で、仏教の代わりに国家神道が使われ、それぞれの家はどこかの「氏神」をもつことになった。このきわめて日本ローカルな制度を海外まで領土を広げた20世紀に維持することは無理だった。

さらに名前まで日本式に変えさせて日本人の同質性を守ろうとしたことも、差別を生む原因になった。多くの民族的な姓があるアメリカをみてもわかるように、国籍を取ることと名前を変えることは別なのに、韓国名を使うこと自体が差別の原因になった。そこで日本式の「通名」を使うと、これを「在日特権」として差別するネトウヨが出てきた。

このように韓国人を一方では同化させつつ戸籍で差別した植民地政策の矛盾が、韓国人のルサンチマンと日本人の差別意識を生んだ。さらに戦後処理で、政府が在日の国籍を一方的に抹消する非常識な措置をとったため、多くの在日韓国人が「日本に滞在する外国人」という扱いのまま今日に至っている。

日本に居住しながら国籍を変えない彼らもおかしいが、そういう状況を作り出した戸籍制度にも問題がある。通称をめぐる問題も、戸籍で本名を義務づけているのに日本式の名前にしないと差別されることが原因だ。このため「通称を使わせろ」といわれると行政も弱腰になり、一部の在日がそれを悪用する。

おかげで韓国人の名前についての執着が異様に強くなり、これがさらに問題を複雑にした。ニュースで中国人の名前は日本式に「シュウ・キンペイ」と読むのに、韓国人は「パク・クネ」と読む(NHKはカタカナ表記)のも、在日の抗議を受けたためだ。日本人も含めて、このような姓名への異様なこだわりが戸籍制度の生み出した最大の弊害だ。

戸籍は昔風の国民IDともいえるが、その忌まわしい記憶が「国民背番号」への拒否感を生み出している。人口が減少する中で、日本も移民を受け入れることは避けられない。その最大の障害となっているのは、時代錯誤の戸籍制度なのである。