おじいちゃんの話を聞きなさい --- 長谷川 良

アゴラ

一つの屋根の下で祖父母、親、子供の3世代が住むというケースは現在、ほとんど見られない。当方が住む欧州では、18歳になると子供たちはさっさと家から出ていき、自分の住処を探すケースが多い。3世代が一緒に住んでいる、といった知人、友人を知らない。

ローマ法王フランシスコは「祖父母を大切にすべきだ。祖父母を尊敬しない国民は記憶を失うことであり、未来を失うことを意味する」と述べ、祖父母を尊敬すべきだと語っている。バチカン放送独語電子版が11月19日、ゲストハウスでの法王の朝拝の説教内容を報じた。


フランシスコ法王は旧約聖書の外典「第2マカベア書」から話を引用し、「われわれも祖父母から多くのことを学ばなければならない」と述べ、自身の幼少時代を例に挙げている。

聖職者の道を選択したフランシスコ法王にとってブエノスアイレスの幼少時代の思い出は、大きな力の源泉となっているのだろう。彼の説教では「家庭」がテーマとなることが多い。聖職者にとって、家庭は「教会」を意味する。同時に、聖職者の道を歩みだす前の両親の家庭だ。フランシスコ法王はイタリア移住者の家庭だった。そこでおじいちゃんからいろいろな話を聞いたのだろう。

独週刊誌シュピーゲルは昨年、「べネディクト16世(前法王)にはバチカンは必要ではない。必要なのは小さな家庭だ。家庭は彼にとって聖なるものだ。彼の人生は常に家庭を捜し求めてきた」と指摘していた。べネディクト16世は父親を1959年に、母親を63年に失った後、実姉が約30年間、家事をやりくりした。教理省長官時代にはローマまで連れてきた姉が亡くなった時、法王は「世界は自分にとって更に空虚となった」とその伝記の中で綴っている。前法王にとっては、バイエルン州の実家の思い出が人間ヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガーの心の拠り所だったのだ。

ただし、べネディクト16世もフランシスコ法王も自身の家庭は築くことはできなかった。バチカン研究家のアンドレアス・エングリュシュ氏は「べネデイクト16世は『愛』について神学的に説明できるが、『愛』を享受し、それを教えることはできなかった」と厳しく述べている。ローマ法王が自身の家庭を築くことができれば、「愛」についてもっと多くの話ができるかもしれない。

当方はおじいちゃんの話を聞くことができなかった。おばあちゃんから小遣いをもらった思い出しかない。おじいちゃん、お父さん、そしてその息子の3世代は歴史にとって小さな期間だが、立派な歴史の一齣だ。その一つでも欠けたならば、歴史は成り立たない。

高齢化社会では、おじいちゃんやおばあちゃんの世話が大きな社会問題となっているが、祖父母が重要な歴史の継承者だという視点から、その看護・庇護問題を捉えていくことが大切だろう。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。