みんなの党と「なんなの党」

2013年12月09日 22:56

みんなの党の35人の国会議員のうち、江田憲司氏など14人が離党した。最初は民主党の細野氏などと連携すると伝えられていたが、時間切れになって年内に新党を結成しないと政党交付金がもらえないからだろう。離党会見でも何も伝わってこない。デーブ・スペクターのいうように「なんなの党」の誕生である。


私はみんなの党の結党のころは応援していたし、勉強会に呼ばれたこともある。そのとき渡辺代表に言ったのは、次の3点だった。

  • 党のコンセプトがはっきりしない。日本には小さな政府をめざす党がないので、それを掲げてはどうか。

  • (渡辺氏が自民を離党するきっかけになった)公務員改革はいいが、それだけが看板ではもたない。具体的な経済政策を出したほうがいい。
  • しかしリフレはやめたほうがいい。経済学を理解してない人がいい加減な政策を掲げると破綻する。

このあと、みんなの党が「小さな政府」を掲げた始めたのはいいが、それを具体化する方針がないまま、日銀法改正などの過激なリフレ政策を打ち出した。量的緩和は、アメリカでは民主党が推進して共和党の反対する「大きな政府」の政策である。このへんから方針が混乱し、桜内文城氏などがそれを批判して離党した。

原発事故後は反原発を打ち出し、消費増税のときは増税反対を打ち出して、ほとんど社民党と変わらないポピュリストの党になってしまった。また渡辺氏の党運営が独善的(結党以来4年間、一度も党首選をしていない)で、それを批判する党員を彼が次々に除名しているうちに、とうとう4割が離党してしまった。

みんなの党がこうなった原因は、二つあると思う。一つは渡辺氏の個人商店体質が抜けない割に彼に求心力がないこと、もう一つは高橋洋一氏の影響が強く、渡辺氏が自分で考えないでそれに振り回されたことだ。国会議員でもない「ブレーン」が、機関決定も経ないで党の方針をすべて決めるのは異常である。秘密保護法をめぐる対応の混乱も、高橋氏が賛成したのが原因だろう。

もともとみんなの党は、渡辺氏みずからいうように「長く続ける気のない党」で、政界再編の触媒になることが目的だった。しかし彼には集票力も資金力もないので、自民党や民主党からみんなの党に移るほどの魅力がない。一時の維新のほうがましだった(今はだめだが)。

日本には、公明党以外に都市型政党がない。民主党も一時はそれをめざしたが、小沢一郎氏が路線を混乱させて壊滅した。「なんなの党」に生き残る可能性があるとすれば、維新と合体して明確な都市型政党をめざすことだろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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