朝日新聞のイノベーション挑戦にエール

新田 哲史

この12月で、読売新聞の記者を辞めて3年になる。ビジネスの世界に身を移して七転八倒。正直なところ記者を辞めて良かったのか、損益分岐的にも人生幸福度的にもまだ答えが出せていない。ただ、自分の選んだ道に後悔はしたことは無かったのだけど、昨日、この記事を読んだ時、この3年間で初めてグラッとするような動揺を覚えた。朝日新聞にメディアラボという「社内ベンチャー」組織が誕生したというのだ。


●朝日メディアラボに驚きと悔しさと
そういえば最近、朝日のデジタル部門で活躍していた知人が組織再編に伴う異動で新しい部署に行くとは聞いていたのだけど、この動き完全に見落としていた…(大恥)。感度の鈍さは相変わらずだが、それはともかく、まず心底驚いてしまった。というのも、新聞社は営業力に優れたところでも、編集、販売、広告、事業、あと付け足しでネットをやっているという建て付け具合で、業界として、やることがルーティン化、悪く言えば硬直化しているので、組織編制もどの社も似たり寄ったり。およそ「社内ベンチャー」なんてオシャレで無謀な挑戦をさせる発想自体が経営陣に無かった。

▼社内外の意見を積極的に集約しているメディアラボ(Facebookページより)
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驚いたと同時に猛烈な悔しさを覚えた。というのも、実は2000年代半ば、筆者は再三、若手社員を部門横断的に集めた社内ベンチャーを試行するように「建白書」を作って上申したことがあったからだ。もっとも、意気込んで偉大なる会長様に直接、「建白書」をたたきつけた……と言いたいところですが、そんな度胸も機会があるわけがない(泣)。その頃、広告収入の右肩下がりぷりが顕著になった時期(私が退社した2010年時点でバブル期の半分に減少)で、若手社員が漠然と将来不安を覚えたこともあって、組合が会社の活性化策を組合員に募るという試みを開始。ビジネスマンに中途半端に憧れていた当時の筆者も勇んで応募した。

●新聞社内の「奇兵隊」
本筋に戻る。件の記事によると、朝日のメディアラボには19人体制で、書き手の竹下隆一郎・元記者のほか、「新聞広告のスペシャリスト、全国二千数百カ所にある新聞販売店の経営をささえていた販売局の人、デザイナー、ウエブエンジニア。経歴はさまざまです。20~30代が多いのも特徴」(記事より)という。これぞまさに、自分が思い描いていた図式。旧態依然とした大会社での小さな新組織は、幕末期に藩の中に芽吹いた志士たちの結束を彷彿とさせる。いわば朝日の「奇兵隊」だ。木村社長は「朝日新聞のDNAを断ち切って、実験工房となれ」と励ましたという。実を結ぶかはさておき、試みを始めたことは、さすがだと感心した。

さて、自分の「建白書」は、ワードが退社時に返却したパソコンに入っていたので記憶を頼りにするしかないが、新聞社の悪弊のひとつである「縦割り」を取っ払って、若手社員が危機意識の下で結束、さらにビジネスやITの知見の浅さを補うために旬のIT企業からの中途採用やコンサルとのコラボもしながら、斬新な事業アイデアを作っていく――という次第だった。朝日の場合は、業務系を中心に異業種からの転職組も積極的に引き入れているので、この方向性に沿ったチームビルディングをしているのだろう。

なお、筆者の「建白書」は、当時の組合幹部から懇切丁寧な御礼メールを頂戴し、実際に会社側との交渉の中で取り上げられたこともあったが、残念ながら当時は現場の切迫感が上層部に今一つ伝わっていなかったのか、採用されなかった。ただ、その経営判断を批判するつもりはない。「社内ベンチャー」など突飛な発想でしかなかったし、折しも戦後最長の景気拡大局面の終盤でまだ楽観ムードがあった。何より、あの頃の筆者はビジネス経験皆無のしがない三流記者で、役員の方々の心に響くだけの企画力・書類作成能力が無かった。

▼業界でも異例の試みで底力を見せるか?(写真は、朝日新聞東京本社。wikipediaより)
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●五輪後も全国紙3社は安泰!?
朝日メディアラボの記事は今後連載されるそうで、執筆者の竹下氏は「10年生記者」(入社は2002年らしいが)。私は11年目の途中で業界外に活躍の場を求めたので、同じような時期に会社のお墨付きで挑戦できることがちょっと羨ましい(苦笑)。記事のタイトル「記者は、頭を下げられるのか」に象徴されるように、30代半ばでのビジネス挑戦は、大変な苦労だと思う。社内外から冷ややかな意見も寄せられるだろうが、健闘を祈りたい。

と同時に、朝日の試みが成功すると、我が古巣も刺激されてイノベーションの模索に本腰を入れるだろうなと、過去の経験から希望的に観測します。プロ野球や箱根駅伝等のスポーツ事業、文化事業など商売をやらせると元々朝日より上手な方だとは思いますので、案外うまく行ったりして(笑)。池田先生が昨日のツイッターで「あと10年で消える」と言われた新聞業界ですが、確かにお寒い社長交代劇を見せたどこぞの地方紙や、有力外資との提携が立ち消えになった噂のある全国紙の先行きは心配なものの、朝日、読売、日経の三社は2020年東京五輪の後も底力を発揮しているのではないだろうか。

さーて、オイラはオイラで、ウェブを軸に新しいメディア事業に邁進します。朝日新聞のメディアラボの記事は発奮材料になりました。竹下さん、お互い頑張りましょう。
では、今日はこんなところで。ちゃおー(^-^ゞ
新田 哲史
Q branch
広報コンサルタント/コラムニスト
個人ブログ