平和ボケという安全神話

2013年12月25日 14:00

南スーダンの弾薬提供が「武器輸出三原則違反だ」と、野党やマスコミが騒いでいる。平和ボケも、ここまで来ると重症だ。現地軍が他国に補給を要請するのは、よほどの緊急事態であり、事後承認でも十分だ。そもそも武器輸出三原則なんて、閣議決定もされていない慣例にすぎない。生命の危険とどっちが重要かは自明である。


このように「戦争は起こらないから戦争のことは考えるな」という平和ボケは、「原発事故は起こらないから事故のことは考えるな」という安全神話と同じく、過剰なテールリスクを取るモラルハザードである。別名を福島みずほ症候群という。

安全神話のメリットは、平時にはきれいごとを言って正義の味方を気取れることだ。戦後の社会党は、ずっとそういう役割を演じてきた。自分が政権を取る可能性がない限り、戦争=悪と決めつけて人類愛を説いていればいい。有事には責任を取らないで「自民党が悪い」といえばいいので、このモラルハザードは合理的だが、村山首相が政権を取った瞬間に瓦解した。

きのう東工大のシンポジウムでこういう話をしたら、斑目春樹氏(元原子力委員長)が「われわれも率直にいって技術への過信があった。特に電源の問題は、わかっていたのに手当をしていなかった。アメリカなどは定期検査のときも電源車の常駐を義務づけていた」と語っていたのが印象的だった。

アメリカの安全対策が厳重なのは、核戦争にそなえる体制を応用しているからだ。戦争は究極のテールリスクなので、これにそなえることが国家のコア機能である。ゲーム理論も、核戦争にそなえるために発達した理論なので、シェリングを初めとする多くの研究の蓄積がある。

その第一の教訓は、戦争を防ぐためには非対称性をなくす軍備が必要だということだ。先制攻撃で敵国を全滅させることができれば、先制することが唯一のナッシュ均衡になるので、戦争の誘惑は大きくなる。この意味で中国のもっている核兵器をもっていない日本は、大きなテールリスクを取っている。

第二の教訓は、戦争が起こったときは指揮系統を明確にし、指揮官の命令を迅速に実行することだ。日本軍のようにみんなで相談して「空気」で決めると、現場が優秀でもボロ負けしてしまう。日本軍は「将校がバカ」というより「調整型のバカしか将校になれない」組織に問題があったのだ。原発事故でも、民主党政権のように意思決定が混乱すると、事故の直接被害より二次災害のほうがはるかに大きくなる。

テールリスクは、定義によってきわめてまれな事態なので、平時からそれに備えることはむずかしい。アメリカはテールリスクに備えて莫大な軍備をもち、定期的に消費して国家の団結を強めている。他方、日本は丸腰で米軍にただ乗りし、非核三原則とか武器輸出三原則などの神学論争を続けてきた。

こういう日本のモラルハザードは、今まではアメリカの過剰な軍備と相補的な関係があったが、今後はそうも行かない。世界第2位の大国になって過剰人口を抱えた中国が、チベットや新疆ウイグルのように周辺国に圧力を強めてくることは十分考えられる。そのときの交渉力は、軍事力の関数である。

この点で、安倍首相の指揮官としての資質にも疑問がある。彼は「愛国心」などのナショナリズムには熱心だが、違法に止められたままの原発の再稼動には手もふれない。戦争のとき指揮官に求められるのは、誰を見殺しにするかという決断である。この程度の政治的リスクも取れない彼が、戦争を指揮できるとは思えない。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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