落第保険を考える

2014年01月07日 09:00

保険とモラルハザードの関係は、保険理論では、いい尽くされた古典的問題である。有名な例は、落第保険。もしも、大学の入学試験に落第したら保険金が支払われるような保険、例えば、予備校の授業料を補償するような保険は、モラルハザードを引き起こすので、成り立ち得ないとされている。いうまでもなく、安心して落第できるというような状況を受験生のために作り出すと、受験生は勉強しなくなるので、本当に落第する可能性を高めてしまうからである。


保険というビジネスの立場からみると、保険会社が顧客から貰う保険料は、統計的実績に基づくのに対して、顧客の悪意ある意図的行動により、統計的実績よりも高い事故率が実現すると、保険金支払額が総保険料収入を上回ってしまい、ビジネスとして成り立たなくなるということである。このような悪意ある意図的行動や、積極的に事故を回避しようとしない怠慢など、保険という仕組みが誘発してしまう倫理的に問題のある行動を、モラルハザードというのである。

では、自動車保険の場合はどうか。継続的に自動車の運転を続ける限り、事故率の上昇は保険料の上昇を招き、顧客にとって不利になる。万全の注意を払い、事故を回避する努力をすることが、顧客の利益になるように仕組まれている。つまり、モラルハザードが起きないように出来ているのだ。だから、自動車保険はビジネスとして成立する。

ところで、どんな事業を営む場合でも、本業そのものの遂行のためには、付随する様々なリスクを犯さなければならない。例えば、衛星放送の事業を営めば、人工衛星を打ち上げる必要がある。人工衛星の打ち上げに失敗すれば、大きな損失を招くから、当然に保険をかける。本業に付随する本業外のリスクには保険をかける、つまりリスクヘッジをする、このことは、本業に経営資源を集中する意味でも、望ましい経営のあり方であると考えられる。

他方で、本業そのものにも固有のリスクがあるのは当然である。しかし、本業のリスクには、保険は掛けられない。受験生にとって、大学に合格することが、いわば本業である。故に、不合格のリスクには保険は掛けられないわけである。本業のリスクをヘッジすることは、典型的にモラルハザードを引き起こすと考えられるのである。

ここで、困難な問題が生じる。本業のリスクと本業に付随するリスクとの境目は、実は、不明確なのだ。付随リスクとみなされて保険を掛けていたものが、実は、本業にかかわる本質的なリスクである場合には、知らぬ間にモラルハザードを引き起こす原因を作ることになる。例えば、銀行の本業とは何か。自明のようであり、今日の複雑な金融市場の仕組みのもとでは、銀行等の金融機関の本業の定義は困難である。そこに、金融のモラルハザードの可能性が潜むのだ。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行

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