「パク・クネ韓国大統領への公開状」に対するH・Y氏の反論

2013年12月27日 16:41

先日の拙稿「パク・クネ韓国大統領への公開状」には賛否両論の多くの意見が寄せられました。ほとんどは僕へのメールの形で、従って友人知己の意見なのですが、その中にH・Yさんという最近NHKを退職された未知の方からの便りがありました。僕はNHKとも多く仕事をさせていただいてきた関係で、同局と周囲にも人脈が多少はあり、そこを通して便りをいただいたのです。


プロデュサーでいらっしゃったH・Yさんの論は明快で、かなりの誤解に基づく僕への反論です。なぜ誤解なのかというと、僕は韓国問題や歴史認識において、H・Yさんに極めて近い意見を持つ者だからです。また同問題については、ここアゴラで意見を展開されています松本徹三さんにも僕はほぼ100%同調しています。

僕はH・Yさんに連絡を取って彼の主張をブログに転載させて欲しいと頼みました。H・Yさんは快諾してくれ、イニシャルではなく実名で掲載して構わないとまでおっしゃいました。しかし僕は敢えてイニシャルで彼の意見をそのまま発表することにしました。

ここアゴラを含む各ブログで主張を展開している僕自身に関する限り、誹謗中傷を含む記名・匿名での意見開陳を受け入れるのは当たり前だと僕は考えています。しかし、ブログその他で公けに自論を標榜していないH・Yさんの場合には、特に匿名で舞いこむかも知れない誹謗や中傷からは守られるべきだ、と僕は考えました。そこでご本人の了解を得て、イニシャルで紹介することにしました。実はこうしなければならないこと自体が、今現在のネットの弱点であり限界だと僕は考えています。

繰り返しになりますが、H・Yさんの意見は僕のそれに極めて近い。従って彼への論駁は僕へのそれとほぼ同じことです。反論ある方は、反日とか売国奴等々という根拠のない聞き飽きた愚劣な中傷ではなく、きちんとした反論をしていただきたい。なぜなら僕はこれまでにも何度も言って来たように、「国際派の愛国者」を自負する者であり、韓国問題に関しても自らの考えがわが国の将来に資すると信じて疑いません。しかし同時に、反対意見を持つ方々の意見にも真摯に耳を傾け、議論を闘わし、全くの微力ながらそれを持ってさらに国際社会の中で日本が進むべき正しい道を模索し、主張して行きたいとも願っています。

H・Yさんへの僕の反論と賛同と、同時に彼のメールをブログに転載させてくれとお願いしたいきさつは、話が前後しますが次回記事としてここに投稿しようと思っています。ここでは取りあえず拙記事への反論のみを掲載します。

(H・Yさんの僕への反論メール)
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仲宗根雅則様

「パク・クネ韓国大統領への公開状」をザッと拝読しました。その趣旨にはほとんど賛同します。にもかかわらず、違和感をぬぐえません。あなたは同じような公開質問状を安倍首相にも出していらっしゃるのでしょうか。もし出していらっしゃるなら、私の違和感は払拭できるのですが。

私の違和感を大雑把に述べます。

★従軍慰安婦問題も含めて、朝鮮半島での日韓(朝鮮)の政治的問題の根幹には、戦前の日本による長期間の侵略行為があります。そして戦後の日本側の「このことへの態度」です。日本が加害責任を認めて、被害者が納得する形で謝罪をし、その後の言動も一貫しているか、です。これを俗っぽく言いますと「殴ったもの」と「殴られたもの」との間の問題です。「殴ったもの」はすぐにその事を忘れますが、殴られた側は永遠に忘れません。まして、殴った側が「もういい加減にそのことは、忘れろよ。」さらには「殴られたお前にも悪い所はあった」さらには「殴られて良かったこともあったろ」などといつまでも言い続けているとしたら、殴られた側が納得すると思いますか。

▲今日、「殴った側の態度」と「対話への姿勢」を問わないで、殴られた側だけに向かって『日本を貶める言動を収めて、対話への努力を」というのは、その趣旨は正しいとしても、客観的に考えて《虫が良い》と言う印象です。

★あなたはまず、殴った側の現在の代表的存在である安倍首相に「対話を模索するための公開質問状」を発表し、その後に【あるいは同時に】、韓国大統領に公開質問状を出すのが順番ではないでしょうか。何よりもまずは殴った側の態度を問題にすべきだと私は考えます。それとも、従軍慰安婦問題も、それから派生する賠償問題も、「すべては解決済み」だ、「何度も謝って来たじゃないか。それを今さら言われてもズルイ」とお考えでしょうか。私は、「殴られた側が問題はまだ解決していない」と考える以上は、「解決していない」と考えます。

★個人的な体験ですが、昭和天皇が亡くなった時、私はロンドンにいてそのニュースを知り、街頭の新聞屋で手に入る新聞数紙を購入しました。どの新聞も『天皇の死』が一面トップでした。論調はほとんどが厳しいもので、「エビル・イズ・デッド。悪魔が死んだ」「素晴らしいニュースだ」といった感じです。「第二次世界大戦中に元首だった人物で最後の生き残り」「当時の元首で一番最近に亡くなったのがスペインのフランコ。フランコを越える長期元首」「ヒットラー、ムッソリーニと同じく枢軸国の元首で、今なお同じ地位にいたのがヒロヒト」・・・。新聞やテレビでは、東南アジアで捕虜となった英国兵が、国際法を無視した日本軍によってどれほどひどい目に遭わされたかが繰り返し語られていました。

▲日本人は戦後すっかり忘れてしまいましたが、世界史的に見れば、ヒロヒトはヒットラー、ムッソリーニと同列の存在なのです。例えて言えば、ヒットラーが自殺しないで戦後も罰せられることもなく「20世紀の後半までドイツの元首であった」と考えれば、日本という国がどれほど異常な事態を内包してきたかが理解していただけるでしょう。

▲ここでも殴った側はすっかり忘れて、殴られた側はいつまでもその恨みを忘れない、その構図が見えます。

▲そして、その天皇を戦後、戦犯として断罪することもなく、象徴という名の元首として仰いで来たのが日本および日本人です。少なくとも日本人は戦争責任者を自ら罰したことがありません。その上、戦勝国による戦犯断罪【東京裁判】すら、国民から信任された多くの政治家たち(自民党と維新の会の多数。公明党や民主党の半分前後)は「あれは無実」と言い続けています【靖国参拝問題】。
これは、どう考えても、政治家ではなく日本人の問題でしょう。

★その意味で、世界の人々から「日本(日本人)に対して潜在的に持っているであろう不信感」が私には良く理解できます。
ましてや、近隣諸国は。

★それとも、これもまた《自虐的》でしょうか。

H・Y 拝

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仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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