「英霊」は餓死、自殺攻撃をさせられた--装置「靖国」賛美の違和感

2013年12月29日 00:05
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靖国神社社殿。事実上の国章だった天皇家の菊紋が飾られ、天皇家との関係を誇示している。(Wikipediaより)

宗教施設ではなく「聖化」の装置

安倍首相が戦没者の慰霊を目的に、靖国神社を訪問した。太平洋戦争をはじめ、戦争で亡くなった方を慰霊することに反対する人はいないであろう。私もそうだ。

しかし慰霊の形が「靖国神社を参拝すること」であるべきとは思わない。靖国神社は、合理性、人間性を欠いた組織である帝国陸海軍の施設であり、問題の多いイデオロギーである国家神道の「装置」である。「慰霊の場」だけの意味を持つ存在ではないのだ。それを賛美するのは不思議だ。


そもそも靖国神社はどのような存在か。日本の軍事史を学べば次のことが分かる。

1・近代国家では、どの軍隊でも、異常な行為である戦争を遂行するための精神的支柱を必要とする。日本帝国の場合は、天皇を神とし、それが軍を統率するという虚構を作った。国家神道というイデオロギーを作り、天皇を祭祀長とした。

2・国家神道は、日本の土俗宗教である神道を変容させたものだ。そして内容は漠然とした面があり、理を突き詰めない日本の精神的風土と合っていた。

3・靖国神社、また全国に置かれた護国神社は、戦争による不条理の死を、生きる軍人、また周囲の遺族に納得させるための存在だった。死者が尊い神になるという虚構をつくり、その死を意味のあるものした。

4・つまり、靖国神社は死を「聖化」するための国家神道内の「装置」であり、「人工物」である。純粋な宗教施設ではない。

ちなみに、高橋哲哉東大教授の著書『靖国問題』(ちくま書房)、池田信夫アゴラ研究所所長のコラム「靖国参拝という非合理主義」も、同趣旨の認識を示していた。左右に言論界を分けるのはばかばかしいことだが、左(?)の高橋氏も、右(?、というより合理主義者だが)の池田氏にも共通したということは、これらはどの立場の人も問題を考える際に受け止めるべき事実であろう。

靖国神社が当時の人々の戦死の恐怖を完全に乗り越える装置になったとは思わない。しかし重要な役割を果たした。境内には戦前の陸海軍関係の記念碑が大量に並んでいる。

日本帝国陸海軍の非合理性

日本帝国陸海軍、そして日本帝国の戦争観は、醜悪な面がある。兵士の命を粗末に扱うのだ。旧軍は明治の建軍以来、戦勝を重ね、日本の国際的地位を高めた栄光の歴史がある。一方でその醜悪な面、そして太平洋戦争で大敗した負の歴史がある。恥ずべき歴史は、記憶をしなければならない。

太平洋戦争(満洲事変・日中戦争は除く)は軍人・軍属230万人、民間人80万人の死者を出した。(厚生省の統計。後述の数字と違う。)そして国土は破壊され、国富の3割をなくした。しかも、その敗北は歴史上のあらゆる敗者と同じように、自国の失敗が大きく影響している。

私が腹を立てるのは、この戦争で頻発する非合理性である。戦争の勝利という軍の追求すべき目的に基づく合理的行動より、軍官僚の保身、人命の軽視、プロにあるまじき錯誤が目立つのだ。「戦没者に感謝」などと、きれいごとで決してすまない。普通の感覚なら「責任者でてこい」と、糺弾すべき話が多い。特にひどい2つの問題がある。

第一の問題は、大量の餓死者を出したことだ。終戦時に多くの部隊が全滅、また資料が破棄されたため正確な事実は分からない。しかし数十万人単位で、餓死が出たと推定される。歴史学者の藤原彰氏は、太平洋戦争の戦没者の212万人のうち、約6割の127万人が餓死、病死、戦地の栄養不足で死亡したと推計している。(「餓死した英霊たち」(青木書房))この人は、日本軍を批判する情報に片寄りがちの歴史家で、同書も精緻な分析とはいえない。しかし大量であったことは疑いない。

普通の軍事常識なら、補給に基づいて軍を展開する。ところが、日本の陸海軍は調子のいいときに戦線を拡大。その後に制海権、制空権を奪われ、部隊を孤立させてしまう。米軍の有能さだけではなく、自らの過ちによって日本軍は自壊した面がある。歴史家の保坂正康氏の『昭和陸軍の研究』(朝日新聞社)によると、戦後、作戦を立案した大本営陸軍部(参謀本部)作戦課の課員のエリート将校が、「あんなに餓死がいると戦後初めて知った」と振り返ったという。彼らには、兵士は「駒」だったのだ。

第二の問題は、兵士に自殺攻撃を、部隊に全滅をうながす命令が大量に出されたことだ。敗北が確定的になったときに、米軍が言うところの「バンザイアタック」という白兵突撃が各地の陸戦で繰り返された。そして全滅を「玉砕」(玉とくだける)という言葉で隠した。また特攻という美名で爆弾を持ち、航空機、潜水艦で突入させる戦法もあった。その要員となった若者の精神的な苦痛を想像すると、言葉を失う。戦後、「特攻は志願だった」という虚構が軍の立案者によって振りまかれたが、事実上の強制だった。

これらの事実について、私は日本軍の作戦・戦備立案者、それを認めた組織に怒りを覚える。戦争は人間の社会で避けられない以上、軍は必要かもしれない。しかし国も軍も、飢餓という地獄に直面させる、爆弾を持って突っ込ませるなどの非人道的行為を、国民に強制させる権限は絶対にない。

この2つの問題、そして人命軽視の思想は、戦死者は神として鎮座するという靖国と密接に関わっていた。戦争末期、陸海軍の文献を読むと、訓示で特攻要員に「諸神は」と呼びかけるしらじらしい表現がある。死にゆく人々を、神とおだてている。これは靖国の存在が前提になっている。

合理性欠如の風潮への懸念

こうした日本帝国とその陸海軍の負の側面と密接に絡み付いた靖国神社に肩入れすることを、私は理解ができない。慰霊はどこでもできる。もし特定の場でしたいなら、靖国神社からわずか500メートル離れたところに、無宗教の追悼施設の千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。

「慰霊」というなら、静かに祈るべきである。靖国には政治的意味がまとわりつきすぎている。そこに首相が訪問する、そしてそれに喝采を叫ぶことによって、政治的な問題となり騒擾が起こっているのだ。

昭和30年代、8月15日の終戦記念日になっても靖国神社は、今とちがってがらがらだったという。靖国神社の虚構を、戦争を体験した人が知っていたためであろう。一方、ここ数年の終戦記念日に、靖国神社は私が見学したところ混雑していた。虚構の構造が見えなくなっている人が多いのだろうか。

私個人は靖国神社に否定的な見方をしているが、それを信じる人、またここを慰霊施設と見る人の意見は尊重するし、靖国神社を感情的に罵倒する人も不快だ。また中国、韓国、北朝鮮、米国など他国が干渉するのも、反感を抱く。

しかし靖国神社に首相が訪問することは、国家意思の表明となる。これは対外的なメッセージになるだけではない。それよりも、日本帝国とその軍が、自国民と兵士に行った恥ずべき歴史を肯定するという意味を持ってしまうのだ。

私は日本の軍事史を読む際に必ず出てくる、合理的思考の欠如が嫌いだ。そしてその非合理性の原因の一つは、「神の軍隊=皇軍(こうぐん)」という異様な自己規定から発生していると私は考える。そこに靖国神社はかかわっていた。

そうした非合理性から空疎な言葉が生まれた。大戦中には「アジアの解放」「自存自衛」「八紘一宇」(日本中心の共同体という意味)という、誰もが肯定する、しかし抽象的すぎて、中身のない言葉がスローガンとして広がった。

そして今は「戦没者を慰霊しよう」という誰もが異論のない叫びが社会にあふれはじめた。異論のない大きな問題設定をすることで、必要な問いを忘れ、思考が停止することがよくある。今回の騒擾もそのような危うさがあると思う。

国や組織による空疎なスローガンが、私たちの生活の現場では混乱の種になることを、太平洋戦史を見て考えた方がいい。かつても今も、靖国神社という装置は、非合理的な波紋の元になっている。

私が、太平洋戦争中に兵役の適齢期となり、徴兵「させられ」、自殺攻撃や、餓死を「させられ」、靖国で英霊に「させられた」としよう。多分私は、高級軍人、また後から祭られた東条英機などのA級戦犯を殴って歩くだろう。

安倍首相の靖国参拝とその喝采の風潮は、日本の政治と社会がいつまで経っても、感情に傾き、合理性から遊離している証(あかし)に見えてしまう。

(追伸)字数が大幅超過してしまうので入れなかったが、日本帝国陸海軍のもう一つの問題は、国民保護という観点も欠落していたことだ。南方、中国、満洲で100万人の在留邦人が、そして30万人の沖縄県民が戦争に巻き込まれた。この人々を守る戦い方はあったのに、それをしなかった。

石井孝明
ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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