人口減少が不快な理由は「大数の法則」的な逆回転か

小黒 一正

前回のコラムの内容について、島澤諭先生(NIRA主任研究員)から貴重なコメントを頂戴した。コメントの内容は本質を突いており、それから、経済学で有名な「規模の経済」以外の効果で、「人口減少が不快な理由が何か」をいろいろ考察した。

考察を深める余地はまだ残るが、その原因の背景には「大数の法則」的な逆回転が深く関係しているのではないか、というのが私の一つの暫定的な考えである。以下、順に説明しよう(以下の議論は若干テクニカルな内容を含む)。


まず、議論を単純化するため、3つの経済を考える。一つ目は、人口が5人で実質GDPが500の経済(以下「経済A」という)。2つ目は、人口が7人で実質GDPが850の経済(以下「経済B」という)。3つ目は、人口が3人で実質GDPが450の経済(以下「経済C」という)である。

このとき、経済Aの一人当たり実質GDPは100、経済Bと経済Cの一人当たり実質GDPは150で同じである。このため、AからBに移行する「ケース1」(人口増加)と、AからCに移行する「ケース2」(人口減少)では、どちらも同じであるように思われる。

だが、「ケース1」(人口増加)と「ケース2」(人口減少)のどちらが良いか、いろいろな人に質問をすると、「ケース1」を好む者が多い。

この事実は、人間は本能的に人口減少を不快に感じることを示唆するが、この理由を合理的に説明する必要がある。この一つの鍵が、「大数の法則」的な説明にあると考える。

上記の「ケース1」と「ケース2」はどちらも、一人当たり実質GDPは50増加(=150-100)している。これは、どちらのケースも、その経済の一人当たり実質GDP成長率は等しいことを意味する。だが、一人当たり実質GDP成長率に「不確実性」がある場合はどうか。

上記の設定では、一人当たり実質GDP成長率は「各々の経済に属する個人所得の伸びの平均」を意味する。このため、各個人所得の伸びの平均をg、分散をσ^2とする(注:一般的に「q^2」は「qの2乗」を表す)。

このとき、経済に属する個人所得の伸びが互いに独立かつ同一分布に従うとすると、経済の人口をNとして、基礎的な確率統計の議論から、以下の関係が成立する。

一人当たり実質GDP成長率の平均(μ)=g
一人当たり実質GDP成長率の分散(Σ^2)=(σ^2)/ N

これは「一人当たり実質GDP成長率の平均は人口Nには依存しないが、人口が減少すると、その分散は増加する可能性」(※)を示唆する。数学的には厳密な議論ではないが、このような傾向は、「大数の法則」(経験上の確率と数学的確率との関係を示す確率論の基本法則)でも知られている。

例えば、サイコロで「1」の目が出る確率を考えよう。この確率は理論的に「1/6」である。他方、サイコロをn回振り「1」の目が出た回数をr回として、その実現確率「r/n」を計算すると、なかなか理論値の「1/6」には一致しない。

これは、観測回数が少ない場合、理論値に対する分散は大きいことを意味する。しかし、観測回数nを多くすると、その実現確率は、理論値の「1/6」に近づき、理論値に対する分散は小さくなることを意味する。つまり、※は「大数の法則」的な逆回転に相当すると考えられる。

なお、ミクロ経済学等の効用関数に関する標準的な議論でも明らかなように、効用に影響を及ぼす確率変数の分散が増加すると、通常の経済主体の期待効用は低下する可能性が高い。これは、次のような簡単な効用関数の議論からも明らかである。

例えば、所得(一人当たり実質GDPをイメージ)をY、効用関数をU=log (Y)とする。このとき、所得に不確実性Dがあり、確率0.5で所得がY+Dとなり、確率0.5で所得がY-Dとなるとする。このとき、平均所得はYであるが、その期待効用は以下となる。

 期待効用=0.5×log(Y+D)+0.5×log(Y-D)
     =0.5×log(Y^2-D^2)


この式から、所得Yの不確実性Dが大きくなると、期待効用は低下することが読み取れる。

以上の説明は、学術的な検証を経ていない私の暫定的な考えであり、※は仮説に過ぎないが、このように考えると、合理的な説明がつくように思われる。

(法政大学経済学部准教授 小黒一正)