吉田照美はなぜ大御所ラジオマンになれたのか ラジオがわかる3冊---常見陽平

2014年01月04日 13:52

年末年始はずっと修士論文を書いていた。私は大学院生でもあるのだ。ただ、10代の頃、テスト前に推理小説に夢中になったように、思わず息抜きの読書をしてしまう。ここ数日はラジオ関連の本にハマった。いかにも「オワコン」と呼ばれそうなラジオだけど、そこに関わる人たちの仕事魂は熱かった。


ラジオは古いメディアだと言わざるを得ない。ただ、最近では、radiko.jpでネットで聴けるようになったり、Podcastで番組を配信していたり、UstreamやTwitterやFacebookと連動したり、番組がブログを立ち上げたりと、立体的になっている。

テレビはもちろん、ネットも、煽り気味のものが受けるのだけど、ラジオは、じっくり本音を語りかけてくれているような感じがたまらない。著名なパーソナリティーが、マニアックなネタや、時には下ネタまで話してくれるのはたまらない。国民的人気俳優福山雅治の、ラジオでの悪ノリはあまりに有名だ。

私はもともとラジオっ子だ。生まれた頃から、18歳くらいまではラジオをかじりついて聞いていた。『アラフォー男子の憂鬱』にも書いたが、特に「大槻ケンヂのオールナイトニッポン」には多大なる影響を受けた。毎週録音し、次の週の放送まで毎日、聞き直し、セリフを一字一句覚えた。時には家族が寝静まった後に、トークの真似までした。人生が狂ってしまった。

サラリーマンになっていったん離れたが、物書きの仕事をするようになってから、書斎にこもることが増え、またラジオを聴く機会が増えた。最近はおかげ様でラジオ番組に出演する機会もあり、その舞台裏と影響力を確認し、再評価している。

今回、紹介する3冊のうち、1冊は数ヶ月前に出た本、もう2冊は1年くらい前に出た本だ。新刊、新刊と煽り立てる出版業界だけど、少し出てから時間が経った方が冷静に読めていい。



最初に紹介するのが、吉田照美の自叙伝『ラジオマン 1974~2013 僕のラジオデイズ』(ぴあ)である。彼の40年間のラジオ人生がつまっている。

1974年生まれのアラフォー男子である私にとって、大きな発見は、吉田照美はそもそもラジオで世に出た人なのだという事実である。彼のことを知ったキッカケは1985年に始まった「夕焼けニャンニャン」であり、その頃、こっそり見るようになった「11PM」だった。それですっかり、彼はテレビに出るタレントの一人だと思っていた。その頃、吉田照美のラジオ番組を聴いたことがなかったのだ。

実は、その年、彼はフリーになり、ラジオ以外にも出始めたのだった。彼は早稲田大学政治経済学部を卒業し、文化放送に就職した。アナウンサーという仕事をしつつも、立場上はサラリーマンだったのだ。

自局、他局の他のパーソナリティーや、番組とのライバル関係、自分のやりたいことと期待されることのギャップなどは、得意・不得意に関する悩みなど、ラジオのアナウンサーという一見すると華やかな仕事でありつつも、普通のサラリーマンとあまり変わらないことに安心した。

サラリーマン人生は負けたり勝ったりだ。やりたいことをやるのではなく、期待されていることの範囲で、自分の色を出していく。バカなノリを大事にしたいという彼に、局はマジメな番組を期待したこともあった。そのせめぎあいの中で、必死にバカをやろうとする彼の姿勢は、マジメそのものである。彼なりの自己主張と、努力の日々が綴られていて面白い。昨年末に、ネットで下積み不要論が一瞬、流行ったけど、彼のように好き勝手やっていそうな人も、実は下積みをしている。下積みは嫌だと投げ出して取り組んだことが、実は下積みに過ぎなかったりする(本人は認識していないことが多いのだが)。やらされたこと、小さな成功を繰り返して、人は成長していくのである。若い頃の(今なら問題になりそうな)体当たりエピソード、局の方針と対立しつつもリスナーを味方につけていく様子などは興味深かった。その場の新鮮な感動を大事にするため、リスナーからのハガキはあえて下読みしない、などのこだわりにもプロを感じた。

いかにもな芸能人本のように見えるかもしれないが、そうではない。ラジオマンの約40年間の、いや、それに至るまでの人生も含めて試行錯誤が書かれたキャリア論である。

ラジオのこころ (文春新書)
小沢 昭一
文藝春秋
2012-08-20



他の2冊は、もともと読んでいた本だ。『ラジオのこころ』(小沢昭一 文春新書)は、人気番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の傑作選である。一昨年亡くなった彼の天才ぶりと努力を感じる1冊である。

この番組は1973年から2012年まで放送されていたラジオ番組である。毎週、テーマがあり、それについて毎日、語るという。マジメな問題提起から、下ネタまで。軽妙なテンポで気持ちいい。ちゃんと笑わせてくれて、考えさせてくれる。

幼い頃、近所の床屋に行ったときにかかっている番組だった。当初は、単なるおっさんの語りだと思っていたのだが、これが深い。

この傑作選を読み返してみても、一つのテーマで聞かせる努力を感じる。ネタの仕入れ方、入れ方、音の踏み方など、いちいちプロを感じた。



最後の一冊は、『文化系トークラジオ Life のやり方』(鈴木謙介 長谷川裕 TBSサービス)である。
「若手論客輩出番組」として知られ、カルト的な人気を誇っている「文化系トークラジオ Life」の、いくつかの回を書籍化したものなのだ。番組の空気が上手く、ページにまとめられていて面白い。ただ、それ以上に面白いのは、パーソナリティーである鈴木謙介氏、プロデューサーの長谷川裕氏のインタビューである。番組が形になるまでの試行錯誤、パーソナリティーの変化・進化のエピソードが面白い。いまをときめく、天才風の2人だけど、稀有な努力家であることがわかる。人の巻き込み方、チームワーク、空気の作り方にかける努力が素敵だ。

前出の吉田照美の自伝の頃のように、ラジオが大ブームになることは、もうないかもしれない。ただ、メディアとしてしぶとく残って欲しいなと思った次第である。特に、「ホンネが言える場」「深い議論ができる場」を期待したい。公共の電波でやっていつつも、すれすれ感があっり、でも一定のクオリティを保っているというバランスがあったりというのも。

いや、ここ数年、たくさんのニコ生番組を見たり、自ら出たりしたのだけど、作りが雑だったり、逆にホンネが言えない場になっているように思うのだ。じっくり議論しているようで、まったりしているだけだったり。じっくりとまったりは違うし、ざっくばらんな議論と雑なのは違う。

というわけで、オワコンと言われるかもしれないが、私はラジオに期待したいのだ。

ちなみに、まさに中二病が発症した中学校2年生の時に聴いていた深夜番組のノリを再現すべく、Podcastで陽平天国の乱という番組をやっている。スポンサーもついている。特に第18回の恋愛特集は神回と言われた。

ただ。正月は最新回を夫婦で聴いたのだが、妻から「カルトすぎる」「誰でもキャッチできるネタがない」と面と向かって批判された。もろもろ模索中だ。いや、年末年始にこの3冊を読んだのもラジオマン魂を注入するためだった。先は長い。

というわけで、ラジオに限らず、2014年はじっくり、ホンネを語れる言論の時間と空間を期待するのである。

って、これまた何十年も言われている牧歌的な願いでしかないのだけど。

試みの水平線

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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