「美しい国」とは? 「普通の国」とは?

2014年01月06日 06:30

昨年末の安倍首相の突然の靖国神社参拝に関連して、「彼の本性が表に出ただけの事で、今更『驚いた』とか『失望した』とか言うのはおかしいではないか」と言う人がいる。その通りかもしれない。小泉首相の後を継ぐ形で首相になった時、彼は真っ先に日本を「美しい国」にすると言った。

彼の言う「美しい国」とは、「昔のような」とは言わないまでも、若干は昔の雰囲気を感じさせる「強く誇り高い国」だったと思われる。厳かな靖国神社の玉砂利を踏み、「国の為に戦って死んだ将兵たちの霊」に深く頭を垂れて哀悼の意を表する事が、彼の言う「美しさ」の象徴の一つである事は疑いの余地もない。


しかし、一国の首相が「美しい国」という表現を使う事は、かなり危険な事でもある。「美しい」という言葉が意味するものは、個々の人の主観そのものであって、全国民が「美しさ」について唯一の価値観を共有する事などはあり得ないからだ。かつてヒットラーがやった事は、著しく人道と公正に反した残虐な行為だったが、彼自身と彼の信奉者にとっては、アーリア民族の血の純潔を守る「美しい行為」だったに違いない。誰かにとっての「美しい事」が、多くの人たちにとって「善い事」であるとは限らない。

一国の首相が哲学思想を持つのは当然であり、「自分の哲学思想がなければ首相になって貰っては困る」とまで言ってしまってもよいと思うが、美意識は哲学思想の範疇には入らず、場合によれば「理性」と反対の極にあるものかもしれない。「真・善・美」という言葉があるが、政治家が「真」や「善」を語っても違和感がないのに対し、「美」を語るのには違和感がある。独自の高い美意識を持つ人にとっては、一介の政治家如きにそれを語られる事は、むしろ侮辱かもしれない。

安倍さんが、小泉さん引退後の総裁戦で圧倒的に勝利したのは、小泉路線を引き継ぐ若手のリーダーと目されたからであって、安倍さんの持つ「美意識」故ではない。今回安倍サンの率いる自民党が衆院選で圧勝したのは、恐らくは、

1) 民主党に対する失望感がピークになっていた事

2) 異次元緩和で経済の流れが変わりそうだという期待

3) 外国に侮られない毅然たる態度を取ってくれそうだという期待

の三点が主要因だと思われ、どれか一点だけで勝てた訳ではない(それ以前に、「圧勝」の最大の理由は実は小選挙区制にある。比例区での得票数だけを見るなら、自民党のシェアは27.62%に過ぎず、「大敗」した前回の26.73%と殆ど変わらない)。

何はともあれ、アベノミクスと呼ばれる大胆な経済政策は、現時点では「大成功」と思われているので、安倍内閣に対する支持率は極めて高い。アベノミクスによって「財政破綻」という悪夢のシナリオの可能性が高まった事は否めないが、この事を心配するのは経済の事をよく知っている人たちに限られ、当面は各企業の業績が上がり、従って税収も増え、株価が大幅に上がった為に「少し金持になった」と感じている人も増えているのだから、多くの人たちがこの政策を支持しているのも当然かもしれない。

こういう状況だから、外交については当初は安全運転に徹していた安倍首相も、若干自信を強め、その分だけ若干不用心になったのも否めないだろう。先週の記事でも書いたように、この時点でわざわざ靖国参拝と言うカードを切った事は、中・韓のみならず米国にも冷や水を浴びせた事になるから、安全保障面でも経済面でも何等得るものはなく、やはり「当面の人気に対する過信が招いた気の緩み」と考えるしかない。

(因に、安倍首相は、「中・韓であれ、米国であれ、説明すれば分かってくれる」と言っているが、まさか本気ではないだろう。説明するだけで理解が得られるのなら、これまでに何故やらなかったのか、全く説明がつかない。)

権力を得た人が次第に自分の力を過信するようになるのは、古今東西を問わず当然の事だ。周囲の人たちがお追従を言うのが普通になり、耳に痛い事は言わなくなるからだ。それに加えるに、現在の日本では、ジャーナリズムでは、一時期大きな影響力を持っていた「進歩的文化人」の言論を支えてきた「朝日」に以前から対抗意識を燃やしていた「産経」が、「新しいマーケティング戦略発動の時機到来」とばかりに、このところ「国家主義的な論調」を意識的に看板にしだした。

これに加えるに、「単純で断定的な議論」を好むネットの世界でも、「過去を懐かしむ高齢者」と「民族差別が大好きな若いネトウヨ」が連合軍を組んで、国粋的な議論を盛り上げている。「一般庶民の声なき声を反映する新しいメディア」というネットの側面を無邪気に信じている政治家にとっては、これには大きく勇気づけられている事だろう。「何事にも是々非々の良識派」は、ネット社会ではあまり目立った存在になり得ない。

しかし、ここで深刻な懸念を持たざるを得ないのは、「美しさ」を強調する安倍首相の価値観から言えば、「美しさが感じられる靖国参拝」の方が、プロの政治家にとっては致命的な「外交上の戦術的失点」等よりずっと重要なのだろうという事だ。いや、それどころか、実は靖国参拝などは氷山の一角に過ぎず、安倍首相の「復古主義」は本物で、経済政策に至るまで、祖父の岸信介元首相の若き日からの信念であった「国家社会主義」に近い方向に傾くのではないかという懸念すらある。

「美しい国」の対極にある概念は何かと言えば、もしかしたら「経済至上主義」かもしれない。特に「市場原理主義」等と言えば、数学的な整合性を好む人たちにとっては「美しい」ものであっても、異なった価値観を持つ人たちの目から見ると、個人の欲望を野放しにする「醜いもの」に見えるかもしれない。こういう人たちにとっては、「統制経済」こそが美しく見えるだろう。

本当の恐怖は、国債金利が遂に急速な上昇を始め、「経済破綻」の兆候が見られ始めた時の政府と日銀の対応だ。先の事を心配してみてもどうにもならないが、安倍首相の性格と信条を慮ると、「転ばぬさきの杖」を今から考えておいた方がよいような気がしてならない。世界の経済専門家がその帰趨を興味津々で見守る中で、これだけの大胆な緩和策を取りながら、「出口戦略」については未だ何の言及もないのは少なからず異常だ。 

しかし、そこまで考えるのは考え過ぎで、「美しい国」の対極にあるのは、やはり「自虐史観で汚された国」と考えるのが一般的かもしれない。短絡的にものを見る人たちは、これを「いつも外国の顔色を伺い、おどおどしている国」とも翻訳するだろうから、もし本当にそうなら、そんな国は明らかにあまり「美しい」とは言いえない。

サンフランシスコ平和条約締結後、鳩山一郎、岸信介、緒方竹虎等の戦前からの大物政治家が次々に政界に復帰すると、「間違っても昔には戻りたくない」という強い思いを抱いていた人たちは、当時相当の勢力を誇っていた親中ソ路線の社会党と共同歩調を取るしかなかった。これが、後に「自虐史観」と呼ばれるようになった歴史観や、時に「空想的平和主義」と揶揄される「護憲論」を生んだのだと思う。

しかし、「逆は真ならず」で、それでは「自虐史観」や「護憲論」の対極にある言葉は、安倍流の「美しい国」かと言えば、必ずしもそうではなく、以前に誰かが言い出した「普通の国」がそれに当たると私は思う。「普通の国」とは、「もはや第二次世界大戦の帰趨を意識する事もなく、他国に対し優越感も劣等感も持たず、普通の独立国が普通にやる事をやる国」という意味だ。自衛の為に必要不可欠の軍備を持つ事も、当然この中に入る。私自身も「普通の国」論者だし、日本が「普通の国」になろうとするのを非難する国はあり得ないと思っている。

こう言うと、「そんな事はない。現実に韓国や中国は日本の憲法改正論議を非難し、日本だけは何時までも丸腰でいろと言っているではないか」と反論する人たちが必ずいると思うが、それは「過去の侵略行為をなお正当化しようとしている政治家が権力を握っている状態で、日本が戦力を拡大する事には懸念を持たざるを得ない」という意味であると解釈すべきである。

私自身は「中国の善意を無条件に信じよ」と言われても到底合意するわけにはいかず、従って「海軍力の増強」や「集団自衛権の確立」を強く支持しているが、だからこそ、「何時迄もぐずぐずと過去の侵略行為の正当化の為の屁理屈を並べたり、明らかに『普通の国』ではなかった『軍国主義時代の日本』の精神的支柱であった靖国神社に、これ見よがしに公的に参拝したりして、日本に対する近隣諸国の不要な警戒心を増幅させている人たち」には我慢がならないのだ。

ついでに言うなら、過去に犯した自国の誤りを認め、損害を受けた相手国に謝罪する事が、どうして「自虐的」なのかが、私には全く分からない。それは「普通の国」が普通にするべき、フェアで潔い行為であり、いささかも恥じるべき事ではない。

また、事ある毎に「日本は既に何度も謝罪しているのに、中・韓は何時までも謝罪を要求し続ける。一体何時まで同じ事を繰り返せばよいのか」という人たちも多いが、この人たちには、「何時までも、モグラ叩きのモグラよろしく、機会あるごとに『東京裁判無効論』や『大東亜戦争肯定論』を持ち出し、『靖国参拝』という政治的なデモンストレーションを繰り返しているのは、一体どこの誰なのか」と逆に問いたい。

最後に、安倍首相に提案したい。下記を真剣に検討して欲しい。それが多くの国民が願う「長期安定政権」を維持する為の最良の方策だと思うからだ。

1)「美しい国」等という誤解を受けやすいキャッチフレーズには回帰する事なく、「普通の国」を標榜する事で、より幅広い国民の支持を取り付けて欲しい。

2)移ろいやすい「大衆の人気」を追い続けるのは程々にして、プロの政治家として、今こそ長期的な国益の追求を優先させて欲しい。

3)アベノミクスについては、現状に酔う事なく、手遅れになるのを恐れる人たちを安心させる為に、そろそろ「出口戦略」についてコメントして欲しい。

4)外交については、現状はうまく行っていないと認識し、戦略・戦術の原点に戻り、相手の立場をよく分析し、常に現実的な落としどころを考え、米国と緊密に協議しながら行動して欲しい。その為にも、「歴史認識」については、先ずは米国政府の認識と完全に合致させておいて欲しい。

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