医療サービスは誰のためにあるのか? --- 森 宏一郎

2014年01月12日 06:00

気温が一段と低下し、風邪やインフルエンザの季節となった。こういう季節になると、思い出すことがある。それは、英国での生活である。筆者は英国で4年間ほど生活していたことがある。英国と日本の間には数多くの生活面の違いがあるが、寒い季節になると実感する違いは医療サービスの違いである。


■無料の医療サービスの緊張感

英国の医療サービス(英国 National Health Service)は、一部の例外があるものの原則的に無料で提供される国民医療サービスとなっている。「医療ニーズに対応した公平なアクセス」を理念としているため、無料提供となっているのである。

この点は一生活者として、英国滞在中、非常に助かったという実感がある。しかし、感覚としてはそうなのだが、不安感と事前対策への過度な緊張があったのも事実である。

それは、病院での手術などの治療を必要とするような病気にはなれないという緊張感である。というのは、当時、英国では手術待ちの待機患者であふれていたからである。

また、制度としても、そのような緊張感がある。具合が悪くなった場合、最初に、登録しているGP(General Practitioner)という専門分野に特化しない医師の診察を受ける。その診察を経て、必要性が認められた場合のみ、病院へ紹介されるのである。

英国に住んでいる私の友人の体験談が衝撃的である。視界がぼやけるので、GPに予約して診察してもらったところ、すぐに白内障であるとわかり、手術が必要だと言われた。その場でGPは眼科専門医に紹介状を書いてくれたという。問題はここからである。

3か月ほど待っても何も連絡が無いので、再びGPのところに行くと、再びその場で紹介状を書いてくれた。しかし、最初の診察から半年が経過しても何の音沙汰もなかったのだ。そこで、友人は日本に帰国する機会を使って、日本で診てもらうことにした。もちろん、最初から眼科へ行くことになった。そして、その場で手術をしてくれ、その1回で回復したという。

救急というほどではないが、友人のように緊急性のある病気になった場合のことを考えると、この制度下での生活には不安感が伴っていたというのが正直なところである。さらに、GPに診てもらうのにも、予約を入れる必要があり、2~3日待たされるのが普通だった。

具合の悪い時に、その日に診てもらおうという場合には、ウォークインセンターという駆け込み寺のようなところがあった。しかし、ここで診てくれるのは医師ではなく、看護師であり、簡単な病状しか扱えないようであった。子供の発熱など心配なものは、仕方なく、ウォークインセンターに行っていた。

■自己負担ありの医療

他方、日本の医療サービスは一部自己負担(多くの場合、3割負担)がある。しかし、英国生活で常に持っていた緊張感はほとんどないというのが実感である。

自己負担分の支払いが困難になるようなケースが出てくれば、類似の問題が出てくるだろう(この問題は大きくなさそうである。中村十念氏のコラムを参照)。少なくとも、すぐに診てもらえないのではないかという緊張感は少ないように思える。前述の友人の体験談のとおりである。

もちろん、近年、救急医療が疲弊しているとか、病院勤務医師が不足しているというニュースや報告もあり、日本でも英国で抱いたような緊張感が生まれてきているところもあるかもしれない。

■医療サービスは、患者にだけではなく、国民全体に提供されている

このような違いを考えると、患者になる前から医療サービスの提供を受けているのではないかという気になってくる。たしかに、患者になったあとに医療サービスを受けるのだが、患者になる前の時点で医療サービスの傘の下に入るという意味で、医療サービスの提供を受けているのではないかと思えるのである。

医療サービスを単純な患者への医療サービスとしてとらえるのではなく、国民がいつでもどこでも必要なときに医療サービスに十分にアクセスできる状態を提供するインフラとしてとらえることが重要ではないか。

こうやって考えると、医療サービスは患者とだけ取引するサービスではなく、国民全体に提供される公共財ということになる。この考えに立つと、患者に対するサービス提供の効率性だけを考えるのではなく、事前的に国民全体を広くカバーするような医療提供体制を求めたいところである。

この点については、拙著で大変恐縮だが、森宏一郎 『人にやさしい医療の経済学─医療を市場メカニズムにゆだねてよいか』信山社(2013年12月下旬刊行)が理論的な整理・分析・議論をしているので、読んでいただければ誠に幸いである。

医療サービスは「平時の安全保障」と呼ばれることもある。医療サービスは医療機関が患者と取引を行う1つの経済サービスにすぎないという認識に基づいて、効率性だけを追求するのは避けてほしいと願う。筆者が英国生活で味わったような緊張感は、日本での生活では味わいたくないものである。

森 宏一郎
滋賀大学国際センター准教授


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年12月24日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。

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