韓国は「憎悪」を輸出すべきでない --- 長谷川 良

2014年01月20日 13:24

韓国の聯合ニュースは1月17日、韓国で3番目の慰安婦像の設置を報じた。

「韓国南部・慶尚南道巨済市で17日、旧日本軍の慰安婦を象徴する『平和の少女像』の除幕式が行われた。巨済の少女像は、ソウルの日本大使館前とソウル近郊・京畿道高陽市の湖公園にそれぞれ設置されている少女像に続く、韓国で3番目の慰安婦を象徴する銅像」


旧日本軍の慰安婦像のニュースを聞く度に「韓国国民は本当に慰安婦像、少女像を設置したいのか。それとも一部の国民が扇動しているだけか」と考え込んでしまう。そして、慰安婦の家庭や関係者には、「あなたがたは本当に慰安婦像を公的な場で設置させたいのか」と聞きたい。

どの国にも国の「建設の父」「戦争の英雄」を祀る像がある。その像を見る度、国民は自国に誇りを感じたり、勇気をもらう。それでは慰安婦像から韓国の国民は何を感じるだろうか。国の誇りを感じることはないだろう。むしろ、戦争時、自国が他国の侵略にさらされたという歴史を苦い思いで想起するかもしれない。また、祖国を汚した国に憎しみを改めて感じるかもしれない。

以下は当方の受け取り方だが、多数の韓国国民は前者の思い(苦い思い)が強いのではないか。自国の乙女たちが他国の軍人の慰安婦となったことを象徴した像を設置したいと願うだろうか。慰安婦の関係者はどうだろうか。

慰安婦像を世界に広げて、旧日本軍の蛮行を世界に知らしめたい、と考えている韓国民は少数派ではないか。慰安婦像は日本の大多数の国民の心を痛めるだけではなく、大多数の韓国国民も傷口に塩を摺り込まれるような痛みを覚えるのではないか。

そこで慰安婦像の設置に汗を流す一部の韓国国民に聞きたい。もし、あなたの娘、母親が慰安婦だったら、彼女らのためにその慰安婦像を世界に設置するだろうか。あなたがたの多くは、慰安婦の家庭でも遺族関係者でもなく、政治的思惑から慰安婦問題を利用しているのではないか、という疑いを持つ。

慰安婦像設置の除幕式には慰安婦やその家族関係者が参加していた、というニュースは聞く。当方は慰安婦本人、その家庭が自ら進んで参加したとは受け取っていない。

「恥の文化」といわれる日本人の感覚では慰安婦像設置という発想は出てこない。世界に向かって「私は慰安婦でした」と宣言出来るだろうか。終戦後ほぼ70年が過ぎ、関係者の多くは生存していない。にもかかわらず、慰安婦自身がその悲しみを世界に向かって叫び、その像を設置したいと願っているとは到底考えられない。

わたしたちは、英雄ではなく、人間の悲しい性の犠牲となった女たちの像を設置したいとは考えない。女たちの悲しい運命は慰安婦像を設置することで癒されるものではないからだ。

ホロコーストの犠牲となったユダヤ人は関連の追悼碑を設置したり、強制収容所を保存する。民族の悲劇を忘れないためだ。韓国の慰安婦像のように、他国に憎しみを発信するためではないのだ。

韓国は米国で慰安婦を設置し、欧州でも計画している。何のためか。韓国国民はそろそろ考えるべきだ。「あなたたちは世界に平和と慰安を広げるのではなく、憎しみと恨みを広げようとしているのだ」。

戦時下の慰安婦たちの問題は日韓両国の問題だけではなく、人類がいつかは克服しなければならない悲しい問題だ。ベトナム戦争下の米軍兵士や韓国兵士の性犯罪をみても分かる。民族を超え、人類の普遍的な課題だ。慟哭することしかできない問題だ。それをあたかも日韓両国の歴史問題として扱い、一方に謝罪を強いる言動は「歴史の正しい認識」とはいえない。

韓国が世界に慰安婦像を広げようとしていることに懸念する。韓国はいつか世界から「憎悪の輸出国」と軽蔑されるかもしれないのだ。どのような言動も、愛ではなく、憎悪から発したものは決して良き実をもたらさない。

サムスンのスマートフォンや現代自動車を輸出するように、韓国は慰安婦像という憎悪を輸出しようとしている。韓国が危ない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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