“癇癪持ち”金正恩氏の近未来 --- 長谷川 良

アゴラ

故金正日総書記の料理人だった藤本健二さんの著書「北の後継者キム・ジョンウン」(中大公新書ラクレ)を再読していたら面白い箇所を見つけた。昨年末、処刑された張成沢氏(元国防副委員長)と金正日総書記の関係が記述されている。以下、その概要を紹介する(114頁)。


金日成主席の追悼一周年前後の1995年。幹部たちのパーティの席。張氏と金総書記が話していた。その時だ。金総書記が突然、張氏に大きな声を出し、食卓にあったステンレス製のペーパーナプキン入れに手をかけて投げつけようとしたというのだ。幸い、高英姫夫人が総書記の手を抑えて大事に至らなかった、というエピソートだ。

その場を目撃した藤本氏は「張氏が総書記と異なる意見を述べたようだった」と説明している。その張氏は18年後、金総書記の息子、金正恩氏の逆鱗に触れて処刑されたのだ。

藤本氏は故金正日総書記の後継者に正恩氏を予想した最初の人物で、その眼識には脱帽するが、正恩氏の激怒に走りやすい性格については余り言及していない。むしろ、男性的で決断力に富む、といった指導者像を紹介している。

張氏の処刑の背景について、利権争い云々が指摘されているが、正恩氏が自身の激怒をコントロールできなかった結果ではなかったか。   

指導者は怒りを抑えることができなければならない。怒りを抑えることができない指導者はいつか怒りを暴発させて、墓穴を掘ってしまう。

「激怒」といえば、旧約聖書の英雄、モーセを思い出す。モーセは約60万人のイスラエル民族を導き、奴隷の地であったエジプトから神の約束の地カナンに向かうが、途中、不平不満をいう民族に対して我慢できず、激怒し、神から受けた2枚の石板を壊してしまったのだ(出エジプト記)。その結果、モーセはカナン入りを目の前にして亡くなる。

金正恩氏の性格を説明するコラムの中でモーセのエピソートを紹介することは適当ではないし、モーセに申し訳ないが、指導者がその怒りを抑えることができない場合、どのような運命が待っているかを説明したいのだ(そもそも、出エジプトは、奴隷となっている同胞がエジプト兵士に強いられている姿を見てモーセが激怒し、兵士を殺害したことが直接の契機だ)。

話を金総書記と張氏のエピソードに戻す。金正恩氏は13歳の時、父親の金総書記が張氏に向かってペーパーナプキン入れを投げようとした現場を目撃していたはずだ。その18年後、独裁者となった正恩氏は機関銃や火炎放射器で叔父を惨殺したのだ。金総書記と金正恩氏、親子2代とも癇癪持ちだ。

張氏亡き後、誰が金正恩氏に「異なった意見」を助言できるだろうか。最側近の崔竜海軍総政治局長は無理だろう。他の幹部たちも張氏の最期を知っているだけに自己保身に走るだろう。イエスマンに取り囲まれた金正恩氏が一旦激怒に走った場合、どうなるだろうか。金正恩氏が核兵器の発射ボタンを握っているのだ。

ちなみに、張氏は1946年2月6日生まれ、といわれてきたが、藤本氏の情報によれば、同年1月22日生まれだ。それが事実とすれば、張氏は明日(22日)、68歳の誕生日を迎えるはずだったわけだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。