職住の「距離」と「現場感覚」 --- 岡本 裕明

2014年01月28日 14:53

テレビを見ていたところ東京で活躍していたあるファッションデザイナーが郷里に帰り、町興しやその地域発の服を作るというニュースを目にしました。彼曰く、家から最初の信号まで車で15分という田舎に戻り、東京のように満員電車によるストレスから解放された、とありました。

彼の郷里での活動は素晴らしいものでありましょうし、彼の決断を批判するつもりは全くありません。ただ、このニュースを見てヤフーが在宅勤務禁止を決めたことが頭をよぎったのです。当初はクラウドなどの最新ITを駆使して、どこでも仕事が可能であることをベースに個人の時間の有効性を尊重したものでした。しかし、多くの社員がクラウドにアクセスしておらず、情報の共有化が図れなかったことから2013年の6月に禁止となったのです。


ここで、件の彼がファッションの最先端である都心から距離的に離れ、他のデザイナーとのつながりの薄い場所で続けていくことがはたして可能なのかと疑問に思ったのです。

そこで、今日はビジネスと距離について考えてみたいと思います。

私が20代後半、本社の不動産開発本部で都内周辺の開発案件を担当していたところ、大阪から不動産担当者が足りないので人を出してほしいと要請がありました。私の名前も候補で挙がったのですが、部長が一言、「関東から出たことがないお前がまるで違う世界の大阪に行って不動産の仕事ができるわけがない」と人事部意見を一蹴したことがあります。

その部長の言う意味は不動産に従事している人ならすぐにわかるはずです。地域の特性は街のにおい、人、生活など感性から捉える部分が非常に大きいのです。まさにネットや付け焼刃では対応できない例なのです。

もう一つの観点は現場と事務所の物理的な距離の隔たりと同じぐらい心理的距離感も重要だということでしょうか? 心理的距離感はコミュニケーションが薄くなりがちです。メールでやり取りできる範囲は事実に基づく交信ですが、そこにどこまで言うべきことが内包されているのか、これが分からないのです。

Aと言われればA以上の事実を知ることは出来ません。これが事実誤認のプロセスかもしれません。農薬を混入させた従業員が普段、会社の不満を口にしていたことは周りの従業員は知っていたわけですが、幹部とは心理的距離があったのでしょう。これがビジネスにとっての決定的な打撃となってしまったことは大きな意味があります。

現場の人にとっては些細なことだから報告しなくても良いと思ったことが実は顧客のニーズの表れであったとき、経営側はそのようなことがあったことすら知らず、結果として改善策なり新たなサービスの提供に繋がらなくなるのです。ですから、私は現場で何が起きているのか、あらゆる手段を講じて理解するように努力しています。

話は少しずれますが、先日、美容院に行きました。美容師の方々はそれぞれ別の学校を卒業されたわけですが、タオルをどう巻くのか、ケープはどのタイミングかマッサージの仕方まで作業がみなさん同じでした。これは、そのお店の基本的前提が徹底していたことの表れだと思います。そこには従業員の作業をしっかりと追っているオーナーの目がありました。

コミュニケーションをとる前に、お互いがなにを前提にして話をしているのかが分からなければ、対話は生まれません。これには全従業員が共通の認識を持っていることが不可欠だと考えています。

ビジネスを成功させるには、経営陣-従業員-顧客間の物理的、心理的な距離をどれだけ縮められるかが重要なのではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年1月28日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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