エネルギーを政争の具としてもてあそぶな(上)-小泉氏の発言を憂う

2014年01月30日 00:05

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益田恭尚
工学博士 元東芝エネルギー事業本部首席技監

1・はじめに

細川護煕元総理が脱原発を第一の政策に掲げ、先に「即時原発ゼロ」を主張した小泉純一郎元総理の応援を受け、東京都知事選に立候補を表明した。誠に奇異な感じを受けたのは筆者だけではないだろう。心ある国民の多くが、何かおかしいと感じている筈である。とはいえ、2人の元総理が絡むだけ国民の原子力を見る目への影響は大きいと言わざるを得ない。


第一の疑問は、引退宣言した元総理2人がエネルギー問題をどこまで理解しているのかという点である。第二点は、エネルギー問題は国政問題である。国民の支持を得たいからといって、国民をだまし、政局に波乱を起こすことはやめていただきたい。都政を市民運動と取り違えないでほしいのである。最後に、近隣諸県の協力でなんとか供給が確保されてきた東京と云う大消費地の電力を、都内で供給できるような幻想を都民に抱かせるのは正気の沙汰かと言いたいのである。

この小論では、小泉氏の発言など、政治家からのエネルギーをめぐる発言の誤解を指摘した上で、進むべき方向について考える材料を提供してみたい。

2・わが国のエネルギー事情

わが国のエネルギーの歴史を振り返ってみよう。まず、石油資源の獲得のために無謀な太平洋戦争に突入した事実を忘れてはならない。戦後に至り、日本再生のため水主・火従の掛け声の中、大きな負担をしながらダムを建設し、家庭電化と産業の復興に貢献した。当初、1950年代前半のエネルギー国産化率は80%もあった。

エネルギー需要が増大する中で、日本は「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭の増産に努めた。石炭が鉱山の落盤事故の頻発などによりもはや利用できなくなるに及び、貿易により稼いだ貴重な外貨を使い、安くて便利な石油を輸入し、世界一の工業輸出国の地位を獲得した。これが1960年代の動きである。

1972年、79年に二度のオイルショックが起こったが、丁度開発が始まっていたLNGによるコンバインドサイクル発電と、原子力を基幹エネルギーとして一時発電の80%程度に達していた石油の割合を引き下げ、経済成長を続けてきたのである。

当時の政府と首相は原子力の導入の際に「推進」と述べた。国策路線を推進したに過ぎぬとしても、今になって、小泉氏が各所の講演で述べているように「過ちを改めるに憚ることはない」と公然と言えるはずがないであろう。

福島第一原子力発電所が、東日本大震災という大きな自然災害を受け、津波に対する備えの不足という事態から、事故の連鎖を起こし、国民に多大の心痛と迷惑をお掛けた。さらに14万人の原子力事故の被災者がいまだだ家に帰れない状況を招いている。原子力関係者の一人として誠に申し訳ないことであった。事故を受け、国や事業者の信頼が大きく損なわれ、多くの国民に原子力への疑問を抱かせている。

しかし国の将来を預かる政治家たるもの、人類の長期的エネルギー需給の動向を見通し、原子力では、再稼働に向けて実施してきた諸施策で、どのように安全性を強化したかを見聞し、納得した上で、長期的エネルギー安定供給の立場に立って政治を行ってほしいものである。

人類は今までも、科学技術の開発に当たり、多くの尊い犠牲を出しながら、その経験を基に失敗を乗り越え、更なる発展を遂げて来たことを忘れてはならないのである。

3・1エネルギーとは

エネルギー問題とは何か。余りにも多くの問題を含んでおり、この小論文で議論するスペースはない。一口でいえば、「必要な時に、必要な量を、何時でも安く入手できるものでなくてはならない」ということである。これに最も合致するのが化石燃料だったのである。

人類にとって大切なエネルギー問題について、わが国では政策論争が戦わされたことは少なかった。この理由を考察するに、自給率わずか4%と、余りにも脆弱な地政学的地位にあるため、かえって、エネルギー獲得のための戦略の選択肢が少なかった。エネルギー源を輸入するしかなかったのである。

そして新興経済国の工業力が競争相手に浮上する以前は、エネルギーコストは政策上の問題として取り扱われるには至らなかった。一方で学校の中でエネルギー教育も行われず、停電をほとんど経験したことのない国民の多くは、エネルギー問題に無関心でいられたのである。

3・2エネルギーにはどんなものがあるか

まず、化石燃料は保存・輸送・利用に便利な優れたエネルギーである。しかし、2つの大きな課題がある。一つは資源問題であり、もう一つが放出廃棄物による地球温暖化問題である。この課題解決のため、化石代替エネルギーとして話題に上がっているのが自然エネルギーと原子力発電である。

自然エネルギーは無限とも言える供給能力がある。克服すべき課題としては、原エネルギーのエネルギー密度が低いため、それを集めるのに、設備が膨大になり発電コストが高くなる。もう一点は、原エネルギー供給が自然任せで、人間の手では如何とも制御しがたい点である。

原子力は、国策として、エネルギー基本計画でも基幹エネルギーとして位置付けられて来た。3・11以降、見直しが行われていることは御案内の通りである。

この他にも、代替手段には何かあるのではとの幻想を抱く国民や、一部政治家諸氏もおられるようだ。しかし残念ながら、人類が今後長期に渡って利用していかなければならないエネルギーは、無から得ることはできない。長期的な視点からは、極わずかの質量をエネルギーに変換する原子力エネルギーにしか頼れないのである。

化石燃料は、太陽光が地球に降り注ぎ、光合成により、長年かけて地球上に蓄えられてきたものである。太陽光を始め風力、潮力、バイオマスも総て太陽光が基になっている。太陽光が無限のエネルギーを何故供給し続けられるのかと云えば、太陽の中心部で起こっている核融合反応のエネルギーなのである。地熱は何かといえば、地球に含まれている放射性物質の崩壊熱が大部分を占めている。

「首相が原子力を止めると宣言すれば、頭の良い人が必ず代替え案を考えてくれる」というような、考えれば湧き出てくるようなものではないのである。この点は、一般人にとって驚異とも言えるタブレットやスマホのようなIT革命とは根本的に違うのである。

3・3地政学的問題を忘れないように

エネルギー問題では土地・土地による地政学的差異を忘れてはならない。化石燃料、特に石油は地球上で特殊な地層にしか保存されていないため、偏在している。天然ガスや石炭はそれ程でもないが、偏っていることは同様である。これらは、わが国から遠くに存在し、安全な輸送は大きな課題である。

自然エネルギーについて考えても、例えば風力は常に一定の風が吹いているところでなくては効率的な発電は出来ない。太陽光も膨大な土地が必要である。地熱発電もマグマが地表近くにあるところでしか利用できないが、この点は、わが国は有利であろう。

わが国は狭い国土で、人口密度の高い島国である。気候温暖で季節風も少ない。資源もほぼ掘り尽くしてしまった。海外で上手くいっているからと云って、ゆめゆめわが国にも恩恵があると思ってはならないのである。例えば米国からシェールガスを輸入するためには一度マイナス163に冷却して液状化し、専用のタンカーで運ばなければならない。パイプラインで供給できる米国とは、約4倍の価格差が出て来てしまうのである。

国際エネルギー機関(IEA)も、この地政学的差異から、日欧の電力価格が、米国の2倍以上になり国際競争上の問題となるのではと心配している。

3・4資源問題と地球温暖化問題

米国・カナダなどのエネルギー多利用国、先進国と呼ばれる国々、開発途上国の間には一人当たりエネルギー需要に大きな格差がある。しかし、その格差は、時代と共に、順次、縮まって行く運命にあり、世界のエネルギー需要は増大の一途をたどっている。ピークオイル問題が喧伝され、石油価格は大きく上昇したが、世界景気の伸び悩みと、米国でシェールオイル、シェールガスの経済的採掘法が発見されたために、一時的安定状態にあるようにみえる。しかし、今後とも上昇傾向にあることは間違いない。

空気中の二酸化炭素等温暖化ガスの増加は、ますます顕著である。5年前の洞爺湖サミットでは、地球環境問題は大きく取り上げられた。しかし、その後、国による考え方の違いが大きく、今や政治家のやる気の無さの象徴となっている。しかし、近年の異常気象の発生状況を見ると、地球温暖化問題と言うより、気候変動問題として捉え、長期的リスクと云うよりは、むしろ短期的リスクも含んでいると見て、世界的な対策をとるべきところまできているのではなかろうか。化石燃料に多くを頼るのはこの点から見てもリスクがある。

)に続く。

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