都知事候補は年寄りばかり --- 岡本 裕明

アゴラ

週末の東京、池袋。がなり声の主は小泉純一郎元首相。その横に立つ細川護熙候補を応援演説する声は大勢の聴衆を前にアピールかと思えば30人ぐらいいる警官らが「立ち止まらないでください」。その声に押されそぞろ歩きの人々は表現が悪いですが「上野のパンダを見る大行列」のようなものでしょうか。そこから漏れ聞こえる声は「これじゃ聞きたくても聞けないよな」。

2月9日の投票を前に選挙戦も中盤に入ってきていますが、都民にとって知事選の持つ意味がやや食傷気味になっている気がします。


今回立候補した16名のリストを改めて眺めて思うのは「年寄ばっかり」ということでしょうか? 一番若い候補者が35歳、次が一気に飛んで55歳、57歳と続き、あとは全員60代から上。80代も3名おり、最年長はドクター中松氏の85歳であります。仮に氏が勝利すればいったい何歳まで知事をやるのかと思うとこれ以上、想像したくなくなります。

東京で日中にバスに乗れば高齢者のオンパレード。都内の一軒家の所有者、商店街の店主はことごとく高齢者でこの世界にいるとある意味、気持ちが滅入ってきます。区営の健康センター。少子化の結果、余った小学校をスポーツ施設に作り替えたもので新築の施設はさぞかし気持ちがよいだろうとそのフィットネスセンターに行きましたがもう二度と行かないと思います。それは施設利用者が高齢者主体で心が元気にならないのであります。同じ区の息のかかるスポーツ施設でも池袋に行けば平均年齢は30歳ぐらい若返りそうで私もこの若者たちに負けないようトレッドミルで走る! という気持ちで燃え上がります。

仕事の関係で六本木のアーク森ビルに行ったところ、「おぅ、こんなにたくさんの若者が働いている!」と躍動感に奇妙な感動をしてしまいました。一方でここで働く若者の多くは都内の居住者ではないかもしれません。安くなったと言っても「腐っても鯛」である東京の高価な不動産は高齢者の住むマッチ箱のような古い住宅で埋もれ、ある意味10年後にまだ光り輝いているのか、心配になるのであります。

1300万人の東京都を支える力とは何でしょうか? 原発、防災、福祉、五輪が主なる争点とされていますが、私は高齢化の進む東京においていかに主導権を若い人にバトンタッチしていくか、これも大事なのではないかと思います。確かに立候補者からすれば数の多い高齢者受けする政策に偏りがちでありますが、結局、それを支えるのも若者を含む現役組であるということがどうもぼけてしまっている気がします。

まるで農家の票田を取り込む選挙スタイルと重なるところも無きにしも非ずで何か違う、と感じている人は多いかもしれません。つまり、争点は五輪を別とすればもっと夢や希望が感じられるものはないのか、というのが私の持つ印象であります。

年齢だけの話をすれば個人的には50歳前後の方が本来であれば知事にはふさわしいかと思っています。それは現役組とリタイア組が両方見える位置にある、ということです。若すぎれば高齢者の思いは通じず、その逆もしかり、ということです。ところが立候補者には見事にその年層がほとんどいないという現実を考えると他県の人からすれば冷やかな目線も感じるこの都知事選、空虚な思いを感じるのは私だけではないでしょう。

投票率は案外低いかもしれません。その場合、投票率何%という数字ではなく、どの年齢層が何%という分析を通じて都民の本当の声を見出すことが必要かもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年1月30日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。