国民投票後のスイスの苦悩 --- 長谷川 良

アゴラ

スイスで2月9日、欧州連合(EU)などから同国に移民する数を制限するかどうかを問う国民投票が実施され、制限賛成が50・3%、反対派49・7%でEUからの移民数制限が承認された。この結果を受け、同国連邦政府は3年以内にEU諸国と年間移民数を決定し、法制化する義務を負う。同国民投票は同国右派政党の国民党(SVP)が主導したもの。


スイス政府発表によると、20州のうち12州が賛成、州の数でも過半数が賛成となった。投票率は55・8%。興味深い点は、チューリヒやジュネーブなど都市部で移民数の制限に反対が強く、移民が少ない地域で賛成が多かったことだ。

人口約800万人の同国で2007年以来、毎年約8万人の移民が殺到する。毎年、人口が1%増加しているわけだ。同国の外国人率は23・2%で、その8割はEU諸国からだ。例えば、ドイツ人が約30万人、フランス人10万4000人が住んでいる。
 
移民制限が承認された背景には、国民がアイデンティティの喪失を恐れだしたからだという。具体的には、都市部で住居不足、家賃の高騰などの現象をもたらしてきた。高等教育を受けた労働者がドイツから殺到し、国民が職場を失うといった処も出てきた。

国民投票の結果、スイス国民は決して浮かれているわけではない。むしろ、投票前以上に憂慮してきたのだ。「EUから制裁を受けるのではないか」「専門知識を有する労働力の確保が難しくなる」といった不安と懸念の声が国民や企業関係者から出てきたのだ。スイス企業の多くは久しくEU市場に定着しているから、EUとの関係悪化は国民経済に大きなダメージを与えてしまうからだ。

スイスはEUの加盟国ではないが、EUとの間では労働力の自由な移動を認める協定を締結している。EUとの協定内容の一つでも破棄すれば、他の貿易、経済関連の内容は無効となる。

ブリュッセルで開かれた外相理事会では、スイスの国民投票結果についての意見の交換が行われた。シュタイマイヤー独外相は「この結果はEUよりスイスがもっとダメージを受けるだろう」と警告している。

欧州議会議長のマルティン・シュルツ議長は「国民投票の結果は問題の解決をもたらさず、新しい問題を生み出すだけだ」と指摘している、といった具合だ(独週刊誌シュピーゲル電子版)。

EU側の主張を簡単にまとめると、「EU域内の自由な経済交流を享受する一方、相手側には移民数の制限を課すことは受け入れられない」という内容だ。換言すれば、スイスはEUとの関係でメリットを享受するだけで、負担を避けているといった声だ。フランスのファビウス外相は「われわれはスイスとの関係を再考しなければならない」と制裁すら示唆しているほどだ。

EUでは今年5月、欧州議会選挙が行われるが、スイスの国民投票の結果を受け、EU諸国内で移民問題が争点化する可能性が出てきた。欧州議会選で極右政党の躍進が予想されている時だけに、移民問題の議論は出来るだけ避けたい、というのがEU指導者の本音だろう。

スイスは昔から世界から逃げてきた人々が住み着く“逃れの国”だといわれた。レーニンはスイスに逃れ、革命を計画し、カルヴィンもスイスに逃れ、宗教改革を起こした。ジュネーブは常にスイスの避難場所だった。そして自分の懐に逃げてきた避難者を決して追っ払うことはしなかった。

そのスイスで2009年11月29日、イスラム寺院のミナレット(塔)建設を禁止すべきかどうかを問う国民投票が実施され、禁止賛成約57%、反対約43%で可決された。昨年6月9日には、難民法改正を問う国民投票が行われ、難民法の強化に約78・5%が賛成票を投じた。また、同国南部のティチーノ州で同年9月22日、ブルカや二カブなど体全体を隠す服の着用禁止の是非を問う住民投票が行われ、65%の住民がブルガ着用禁止を支持した。そして今回、移民数の制限が僅差だが、承認された。アルプスの小国のスイスは移民、難民に対して次第にその門戸を閉じようとしているのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年2月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。