法制局が憲法解釈を決める「下克上」

2014年02月14日 09:45

東京新聞によれば、首相が集団的自衛権についての憲法解釈を変えるのは「立憲主義を否定」するものだそうである。相変わらずの地方紙クオリティだが、東京新聞は立憲主義の意味がわかっているのか。


歴代の内閣で法制局は「集団的自衛権は保持しているが行使できない」という奇妙な憲法解釈をとり、首相の答弁を拘束してきた。立憲主義とは憲法にもとづいて国民が政府を拘束する考え方だが、今は立法も行政も官僚がやり、憲法解釈も法制局がやっている。これこそ立憲主義に反する官僚支配である。

内閣法制局はその名のとおり内閣の一部局で、首相の指揮下にあるのだから、憲法解釈を変える権限は首相にある。法制局が勝手に憲法解釈を決めて首相の判断を拘束するのは、戦前から続く下克上の悪習である。首相が法改正で解釈を変更した場合には、国会が承認すればよい。それが違憲だと思う国民が訴訟を起こせば、最終的には最高裁判所が憲法解釈を決める。

法制局ができたのは、明治憲法で内閣の権限が弱いため、美濃部達吉などの帝大法学部教授が法制局参事官として法案の審査をしたことに始まる。長官は強い権限をもち、戦前は政治任用だった。新憲法で内閣の権限は強化されたが、調整機能がなかったため、法制局がそれを代行した。

各省庁は法案提出前に、何ヶ月も法制局の審査を受けないと法案が出せない。法制局は既存の法律との整合性を極端に重視し、矛盾や重複をきらうため、一つの法律を改正するために多くの関連法の改正が必要になり、関係省庁の合意がないと改正できない。日本の裁判所が違憲判決を出さないのは、実質的に法制局が裁判所の役割を代行し、内閣の提出した法案はすべて合憲だという建て前になっているからだ。

こういう慣例ができたのは、自民党政権が立法を官僚に丸投げしてきたからだ。この官僚支配を改めようとした民主党政権のねらいはよかったが、知識がないので官僚にハシゴをはずされて自滅した。小松法制局長官は安倍首相の政治任用だが、本来は各省の事務次官も政治任用できる。首相の権限は人事権しかないので、もっと政治任用を増やして「政治主導」で官僚をコントロールすべきだ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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