元首相のその後の「生き方」 --- 長谷川 良

2014年02月14日 15:07

2月9日実施された東京都知事選挙で元厚生労働大臣の舛添要一氏が自民党、公民党らの組織票を背景に順当に勝利した。選挙結果は大方の予想通りだったが、細川護煕元首相(1993年8月~94年4月)の敗北は惨めだった。

本人も隠居生活から急遽、政界の舞台に戻り、「脱原発」を最大の争点にして奮闘したが、争点自体が都知事選の争点とならず、具体的な生活問題に関心がある大多数の都民からは支持を得られなかった。細川元首相の敗北は小泉純一郎元首相(2001年4月~06年9月)の政治的敗北でもある、といった分析記事があった。


その2日後、村山富市元首相(1994年6月~96年1月)が韓国の左派政党、正義党の招きで訪韓し、国会で講演し、95年の「村山談話」の正当性を強調し、慰安婦問題では「女性の尊厳を傷つけた」と述べ、韓国側の共鳴を受けた。

その直後、旧日本軍の慰安婦に対する日本政府の謝罪や賠償を求めている韓国の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)の尹美香常任代表は村山元首相を「慰安婦問題に非常に大きな傷を与えた政治家だ。野党時代の社会党(当時)は日本政府の責任を追及していたが、首相になると立場を変え『日本政府は戦後補償をできない』と言い始めた。被害者の反対にもかかわらず、基金による(償い金)支給を強行した」と批判したという(産経新聞電子版)。訪韓した村山元首相の面目は丸つぶれだ。

それにしても日本には多くの元首相が健在なことにビックリした。当方は日本を後にして34年になるが、日本に多くの首相が就任し、辞任し、そして新しい首相が生まれてきたわけだ。レッタ現政権が戦後40代目政権のイタリアと並び、日本の政界は首相メーカーだ。生存中の元首相が何人か直ぐに答えられる読者がおられたら、相当な政治通といわざるを得ない。中曽根康弘首相(1982年11月~87年11月)後、在職が2年以上だったのは橋本龍太郎首相(1996年1月~98年11月)と小泉純一郎首相だけだというから、日本首相の短命には改めて驚く。

問題は元首相が政権を去った後だ。細川元首相は隠居生活で陶芸や茶道など風流な世界に入っていった。そのままその生活を続けておけばいいのに、小泉元首相の甘い誘いに乗ってしまったのだ。

米国では大統領を辞めると、まず自叙伝をまとめ、次に自身の名前が付いた図書館創設などに腐心する。カーター元大統領のように、現職時代は外交センス・ゼロと酷評されたが、引退後、朝鮮半島の和平交渉の調停に乗り出すなど活躍している元大統領もいる。今なお人気があるクリントン元大統領はエイズ対策の国際的活動に参加しながら、過去の弁護士代の返済に腐心しながらそれなりに活動している。

一方、日本の元首相はどうか。麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦ら元首相はまだ辞めて時間が経過していないこともあって、出来れば首相に復帰したいといった野心の火がまだ燃えているだろうが、いずれもそろそろ隠居生活を考えてもいい年齢だ。

高齢の元首相が側近や知人から声をかけられ、再び政界の表舞台に復帰しようとする傾向は時代の流れに反し、余り好ましくない。「元首相の老害」と言われかねないだろう。

細川、村山元首相の最近の言動をみて、「元首相のその後の生き方」が大切だと思わされた。ボランティア活動にその余生を注ぐ元首相が日本でも現れていいだろう。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年2月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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