認知症も早期発見・早期介入・早期予防が重要 --- 岡光 序治

アゴラ

筑波大学発バイオベンチャーMCBIの内田和彦社長(筑波大学准教授を兼務)から軽度認知障害の有無を血液で判定する「血液診断マーカー」を開発したお話と、このMCIスクリーニング検査結果と実際の臨床診断との整合性及び相関性を確認する作業を行われている広川慶裕先生(社会福祉法人宇治病院 院長)のお話とを、あわせてお聞きする機会があった。


なお、軽度認知障害(MCI=Mild Cognitive Impairment)とは、記憶力の低下が見られるが、他の認識機能に障害は現れておらず、日常生活に支障をきたしていない状態のことをいう。

内田社長が開発した血液診断に関しては、MCIと認知症の患者の血液に6種類の特徴的なペプチド(たんぱく質の断片)があることを発見し、うち2種類のペプチドの有無を調べると、MCI及び認知症の患者とそれ以外の人を区別できるというものである。現在、臨床治験などを経て、2015年の実用化を目指しているという。

また、広川先生は、MCIスクリーニング検査を受けた被検者に対し問診、MMSE(Mini Mental State Examination)、二次検査(頭部MRI、脳SPECT検査等の画像を中心とした検査)を実施し、臨床における確定診断を行い、MCI確率と臨床診断の結果を突き合わせた由。頂いた症例集によると、2013年5月~10月検査/確定診断された50症例が掲載されている。MCI確率が70%を超えると臨床所見が確認できるとのこと。どうやらMCIスクリーニング検査におけるMCI確率が70%を超えるか否かが臨床所見の基準の一つであろうことが推測されるという。また、MMSEだけでは見落とされるケースが相当数存在し、MCIスクリーニング検査により所見を見つけることが可能と考えられる、と言われている。

お二人のお話に刺激され、認知症ないしアルツハイマー病に関し少々勉強してみた。本コラムでは、その一部をご紹介したい。

■我が国の認知症患者

最近の厚労省の調査では、認知症患者数は462万人。その3分の2の約300万人がアルツハイマー病型である。

MCIは約400万人、プレクリニカルAD(認識機能は完全に正常だけれど、脳内ではアルツハイマー病の原因物質の蓄積が始まっている段階)は何百万人とも。東大の岩坪威先生に言わせると日本人の10人に1人はADの方向に向いているかも、とのこと。

なお、WHOの国際疾病分類の定義によると、認知症とは「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」とされている。

日本における認知症の原因疾患は90%以上が、
・アルツハイマー病型認知症(68%)
・脳血管性認知症(脳卒中が原因で起きる。20%)
・レビー小体型認知症(大脳皮質の神経細胞にレビー小体という物質ができ神経細胞が死滅)
であるという。

■アルツハイマー病研究の状況

過去10年間、アルツハイマー病の進行に伴い脳がどのような状態になっているか、脳の変化の様子は徐々に明らかになってきている。この分野の発展に特に貢献したのは、米国のADNI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative:アルツハイマー病神経画像診断先導的研究)という大規模な臨床観察研究。2005年から始まり2010年第1期を終了、現在ADNI2が進行中である。

治療薬については、アルツハイマー病の患者の脳内では神経伝達物質が減少していることに着目して神経伝達物質の量を調整するものが承認されている。しかし、これらは症状を一時改善するものの、神経細胞の死滅を防ぐことも死滅の速度を遅くすることもできない。脳からアミロイドを除去しても認知症は治らないことも分かった。アルツハイマー病にかかわる遺伝子の発見や変異が判ってきてはいるし、ワクチン療法が試みられたり、炎症が神経細胞を冒すのではないか、それなら抗炎症薬に効果があるのでは、など研究は重ねられているけれど、いまだ根本治療薬はない。

そこで今日的には「認知症を発症させない」という観点からの治療が重要、という判断になってきている。MCIやプレクリニカルADの段階の人を発見し、介入し、予防しようというわけである。いかに早期に迅速・正確に予備軍を見つけ出すか、が課題の一つであり、冒頭の内田先生たちの努力もここにつながるわけである。

■アルツハイマー病の予防

初期の段階の対象者の選び方の診断基準は、おおむね、固まってきている様子。
・画像診断(PET、MRI つまり、脳内の血流状態や内容を知る)
・バイオマーカー(罹患の有無や病の進行状況を判断する指標 脳脊髄液検査)
・日常生活の聞き取り、記憶・判断・問題解決能力などの心理検査。
一方で、専門医が少ないことが悩みのようだ。

結局、これらの対象者に対し、アルツハイマー病にならない生活を続けるよう指導することになる。通常言われているこの病気のリスク因子は次の通り。・高齢・女性・この病気になりやすい遺伝子・教育歴が短い・高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙。

コントロール可能な因子を考えると、要は、食べ過ぎ、飲みすぎ、運動不足を改め、栄養バランスの良い食事を摂ること、そして運動の習慣をつけること。タバコは厳禁。頭を使い、生涯かけて自分の好きなことを勉強するのがいいようだ。

広川先生は、リハビリ(運動や課題、生活目標)、食事療法、サプリメント(認知症患者の血中濃度で下がるといわれているビタミンB1、脳の委縮率を下げるといわれているビタミンCとE、神経伝達物質の放出を刺激・促進し、老化した脳細胞を若返らせる働きをするホスファチジルコリン ─ビタミンB12、葉酸、L-カルニチンなどであろうか─)、ケースによっては薬物療法(既存の承認薬の投与)を行われている。

岡光 序治
会社経営、元厚生省勤務


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年3月5日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。