海外展開したい日本の大手私鉄のビジネスモデル --- 酒井 峻一

アゴラ

日本の大手私鉄のビジネスモデルをご存知でしょうか。

これは、JRよりも短い間隔で駅を設け、その駅近くに質の高い小売店(とくに百貨店)や住宅地、さらには沿線下流部にプロ野球団や娯楽施設(遊園地や動物園など)を設営して、沿線住民(乗客)の需要をグループ一体で囲い込むことです。


大手私鉄は電鉄本社を中心に運営されています。鉄道本社に有能な人材を集め、彼らを子会社に出向させる人事ローテ―ションは、鉄道会社のみならず大手商社や都市銀行でも見られるものです(出向が片道切符か否かは様々でしょう)。私鉄経営は、鉄道本社を中心としてグループ一体で沿線の収益化を推し進めているのです。

しかし、私鉄は海外にもたくさんありますが、なぜ開発主義的な鉄道経営が海外では展開されないのでしょうか。

そもそも日本で私鉄経営が成功した要因としては以下の点が挙げられます。
・列車は混雑するものの、安全で正確
・大手私鉄の運賃は安い
⇒僻地をカバーするJRや新幹線の運賃は競合する鉄道会社がないため割高だが、都市部では鉄道会社同士が激しく競合している。
・阪急の小林一三氏、東急の五島慶太氏、西武の堤康次郎氏らの力強い経営手法が成功しつつあったことで他社も同様の戦略を模倣し、それが適度な?競合状態をもたらした
⇒とくに東急は一時期「大東急」として小田急と京王と京急をも含んでいた。
・首都圏の場合、山手線の内側を走るJR線は中央線(正確には総武緩行線も)だけだが、そこには地下鉄が縦横無尽に走っており、それらの地下鉄に乗るには私鉄の方が便利
・大手私鉄はそれぞれの都市圏から放射状に伸びており、その下り終点付近は箱根、高尾、西武園、成田、川越、日光、京都、高野山、伊勢など、非通勤需要(休日需要や観光需要)が大いに期待できる地点が確保されている
・私鉄に限らず、郊外から自家用車を使ってオフィスが密集する大都市中心部に向かうことは面倒
・安定的な収益基盤
⇒海外の私鉄は収益基盤がぜい弱であることが多く、公的な支援を受けていることが殆どのため、各社は細々と鉄道運行だけを展開するに留まっている。一方、日本の大手私鉄は、その運賃や路線認可については行政の許可が必要だが、子会社と連携した小売店や不動産の展開については各社の自由に任されているため、利益追求的な沿線開発が展開された。
・福祉的な面も充実している
⇒大手私鉄の経営は、単なる金銭的利益追求だけでなく沿線住民の要望を受け入れる形できめ細かく発展してきた。多様な列車種別、駅間隔の短さ、バス会社(私鉄子会社)との連携、地下鉄を経由した幅広い乗り入れ、清潔な施設、託児所、丁寧な案内板、冷暖房完備の待合所などは、福祉的な観点からいっても優れている。駅間隔が狭い分、JRよりも速達性に欠けるが、それを十分に補える魅力がある。

こうして上記を眺めると、開発的な私鉄経営が成功するには、人口密度や設備という具体的要件以外にも、鉄道と駅を街の中心としてきめ細かく発展させようとする精神が不可欠なように思います。都市部の鉄道および駅は、単なる輸送機関としての位置づけに留まらず、行政と連携しての魅力ある街づくりの中心地になっているわけです。他国に新幹線を根付かせることはできても、鉄道を中心とした開発精神を根付かせることは困難だと考えられるのです。

とくにアメリカや中国といった広大な国家では、地下鉄が走る過密地域を除いて、短い間隔で駅を設けることや駅前を中心としたコンパクトな開発は割に合わないのでしょう。欧州でも国際列車や路面電車(LRT)の類は充実していても、日本ほどの開発的な私鉄経営は見られません。その他の国でも、路面電車や長距離列車が充実している国家はあっても、私の知る限り総合開発的な鉄道経営は見当たりません。

しかし、今後も世界人口は増え続け、さらに経済成長とコンパクトシティ型の政策(とくに自動車に依存しすぎない社会)が必要とされるのだとすれば、その三点に対応できる日本流の私鉄経営は、もっと注目されてもよいのかもしれません。

『近代:社会科学の基礎』著者(個人事業主)
酒井 峻一
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