ネット炎上中の小西洋之民主党議員の姿から考える

2014年03月24日 08:17

一国会議員の狂乱

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写真はネット上にあったテレビ朝日の画像キャプチャー

小西洋之氏という、42歳の千葉県選出の民主党参議院議員がいる。この人は、インターネットやツイッター上で「狂乱」と言える行動を繰り返し、人々の批判で「炎上」状態になっている。うんざりするが、これを題材に日本の政治の問題を考えてみたい。


小西氏が変な注目を集め始めたのは13年3月、安倍晋三首相に予算委員会の質疑で「憲法何条に何が書いているのか」「憲法学者の芦部信喜氏を知っているか」と、詰め寄ったことからだ。安倍首相に「クイズじゃない」「そういう子供っぽいことやめて」とたしなめられた。この際に首相を何度も指差し、攻撃的で無礼な態度を示した。それ以来、安倍ファン層の右派から目の敵にされたようで、ネット上で「こどもクイズ王」というあだ名がついている。ちなみに安倍ファンでない私も、小西氏の姿は不快だった。

そして今年3月、また騒ぎを起こした。安倍政権の憲法解釈変更は「ナチスの手口」と言ったとされ、自民党から批判されたという。(小西氏本人は否定)(産経新聞記事

さらに、NHK経営委員で作家の百田尚樹氏などの発言を予算委員会で繰り返し批判し、また安倍首相に「考え違う人を許さないのは危険」とたしなめられた。(産経新聞記事

小西氏は、国会質問にからかいを交えた記事を書いた産経新聞に「法的措置を取る」と表明。おかしなことに、産経新聞しか彼のことを大きく記事にしていないのだが。そして批判的に絡んだツイッター上の一般女性、そして名前を挙げずに国会議員を批判した百田氏に、民主党の弁護士とともに、「法的措置」を取ると表明。その女性は、怖がったのかツイッターから退会したもようだ。

また過去、酒を飲んだ後で自転車を「漕いだ」としたツイートを探し出されて、道交法違反だと騒ぎになった。以下は作者不明の「まとめ」と、小西氏の「弁明と百田氏への批判」で暇なら一読いただきたい。後者の文章のばかばかしさを、ネット上で「小西洋之オフィシャル怪文書」と批判する人がいた。その通り滑稽だ。

論点1・要職にある人の「セコさ」

「まじめで一生懸命なのに、周囲から浮いて人望のない、どこの学校にも、職場にもいる、ずれた優等生」。

小西氏の姿に、こんな印象を受けてしまう。悪い人ではなさそうだが、かなり変で滑稽だ。この「炎上」騒ぎは、彼のやりたかった政治活動とも違うだろう。ツイッター中毒状態から離れ、一度落ち着くことを勧める。

そして彼の姿から二つの問題を考えた。

第一に、要職にある人の「セコさ」だ。

463px-RyoichiSasakawa_face笹川良一という右翼の大物がいた。なかなか面白い人だったらしい。記者の間で語られたもので出典不明だが、次の逸話がある。(写真はWikipediaより)

彼にたっぷり取材したある新聞記者が、その新聞でさんざん彼のことを批判し、事実に反することも書かれていた。「なぜあんなの相手したんだ」と知人が聞くと、「有名税ですよ、はっはっは」で笹川は済ませ、来る人は拒まずの態度を変えなかった。

時代の流れで、プライバシー権(ここでは自己情報の管理権という広義で言う)が拡大されている。そして、権利意識の高まりとともに、言われたことに過剰に反応する人が多い。自慢するわけではないが、私も一記者として訴訟に巻き込まれたり、訴訟を恫喝されたりしたことがある。別に私は「ブラックジャーナリスト」ではない、一介の経済記者だ。

私の観察するところ、いちいち報道や批判を取り上げて、「訴訟」とか「法的措置」などと騒ぐ人や組織は、多くの場合に仕事に隙があるか、人間性や組織文化がたいしたことない。まともな人や組織は本業にエネルギーを注ぎ込む。そして多くの場合にある程度の真実が含まれる批判を受け止め、自らをただす。さらに、もっと賢い人や組織は、そうした流れてしまった批判を逆手に取って、批判した人やメディア企業との関係を強めたり、自分のプレゼンスを高めたりするしたたかさを持つ。

もちろん虚偽情報の流布は止めなければならないし、プライバシーを保護することは当然だ。しかし、この小西洋之氏を含め、小さな悪口や自分の行動がもたらした批判にいきり立つ人が多い。

思い出すのは「言うだけ番長」とコラムに書かれたことで、その新聞の取材をすべて断った民主党の前原誠司衆議院議員や、記者会見やツイッターで特定新聞をののしり続ける橋下徹大阪市長の姿だ。

「有名税ですよ、はっはっは」という肚の据わった言葉はなかなか聞けない。彼らばかりではなく、「セコさ」が要職につく人に広がっているように思える。

論点2・政治におけるパフォーマンス拡大への危惧

第二に、日本の政治が、目立つことを志向する浮ついた風潮が強まっているということだ。

国会、地方議会を記者という仕事柄傍聴して驚くことがある。国会では特にヤジがひどい。そして審議のうち半分はどうでもいいことで、つまらない話を延々と続けている。

特にNHKで放送され、首相が登場する国会の予算委員会は、予算のことなどそっちのけで議員が自説を演説する。「ケンポー」と絶叫した小西議員のように。

議会が政策立案や立法ではなく、議員パフォーマンスの場になっている。そして議員自らがこの状況を強める。確かに国会は政権追求の場としては効果的だ。かつての耐震偽装事件、年金制度の混乱では、民主党議員の政治パフォーマンスが奏功し、自民党政権に打撃を与えた。これは2009年の政権交代の一因になり、追求した民主党の議員らがその後に要職についた。

小西氏が派手なパフォーマンスを繰返すのは、民主党の組織文化のためであろうか。しかし「偽メール事件」で失職した永田寿康元衆議院議員、そして民主党政権の崩壊を、私は思い出す。実力のないパフォーマンスは長い目で見ると、崩れやすい危うさがある。

CI0003_suzukimuneogiin政治文化がよくも悪くも変わった。毀誉褒貶の多い政治家だが、鈴木宗男氏に取材をしたことがある。議員秘書から初当選した後で、田中角栄元首相に面会したとき、こう言われたそうだ。「政治は実力主義だ。トップになれるかは分からない。それは神意のような偶然が必要だ。しかし二番手には必ずなれる。ただし頭と体で汗を絞り出さなければならない」。

鈴木氏は「同じことを他の新人議員も聞いたが、私が一番、その言葉を重く受け止めたように思う」と、自分は仕事したとの自負を込めて振り返っていた。(写真は衆議院より)

田中氏、鈴木氏の政治手法、つまり「陳情を受けそれを実現することで、社会改革と自分の権力拡大に利用する」という手法は、明らかに時代遅れだ。しかし浮ついたパフォーマンスを志向する最近の議員と、方向が違う。旧タイプの政治家は、批判はあっても、人々の意見を形にすることを志向していた。

政治におけるパフォーマンスの功罪

そしてこうした政治家のパフォーマンスを国民は評価しているのだろうか。

日本の中心であり、国力の源泉であるのは、毎日、ずるもせず、パフォーマンスもせず、テレビに報道されることもなく、日々まじめに暮らす国民一人ひとりである。その人の多くは企業に勤め、経済活動をしている。

自民党が政権を失ったのは、こうした多数派に「既得権益層にばかり便宜を図っている」という思いが広がったためだ。民主党が政権を失ったのは「国会回りで騒いでいる政治活動家や労働組合のように『税金を食べる人』の意見ばかり聞いている」と印象を与えたためだ。

安倍政権を支持しているのは、決して「日の丸パタパタ」の右派だけではない。こうした普通のサラリーマン、自営業者が「経済を立て直してくれる」という期待を持ち、注目しているためと私は分析している。そして現時点で景気は民主党政権より持ち直したように見える。

普通の感覚なら、日本経済の最大の問題の一つは、社会保障費の増大と、1000兆円ともされる財政赤字と、誰でも分かる。小西氏は象徴的だが、予算委員会で延々と「ケンポー」と絶叫する国会議員を、こうした国民の多数派は必要としていない。経済を良くする政治家を期待しているのだ。民主党も小西氏も政権から転落したのに分かっていないように思う。もうパフォーマンスは飽きられているのだ。

もちろん憲法の行く末は重要な問題だが、それを「クイズ」のような小さな問題に矮小化して、パフォーマンスの道具にしてほしくない。

小西氏の姿は滑稽だが、日本の政治の今の問題をカリカチュア(誇張した風刺画)の形で、語りかけるように思う。

そして、私程度の小物の批判と軽蔑も、小西氏と民主党は「法的措置」を取るのだろうか。これは皮肉だ。

石井孝明
経済ジャーナリスト

メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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