連載 GPIF改革の論点 3 GPIF改革は成長戦略ではない

2014年04月30日 06:30

GPIF改革が6月に打ち出される再度の成長戦略の目玉だと言われている。これこそ、GPIF改革の最大の誤りだ。GPIF改革と日本の経済成長は、別の目的であり、目的であるGPIF改革を別の目的の手段にしてはいけない。

成長戦略としてのGPIF改革。これがGPIF改革の最大のリスクだ。

実は、これは、官邸の政策が二重に致命的な誤りを犯していることを示している。


第一の誤りは、GPIF改革は成長戦略ではないということであり、GPIFに日本株を買わせて、株価が一時的に上昇したとしても、GPIFは将来実現する含み損を抱えさせられることになる。そして、儲けるのは先回りした外人投資家だけだ。

第二の誤りは、株価を上げることが成長戦略だと思っていることだ。アベノミクスの成功の証は株価上昇に尽きているから、株価が止まった現在はアベノミクスの危機であり、なんとしても株価を上げなくてはいけない、という感情のように見受けられる。しかし、第一に、株価が上がっても経済は成長しない。株式を保有していた投資家が儲かるだけで、経済は何も変わらない。第二に、短期的な引き上げは、その後の下落をもたらすだけで、株式市場の変動が増加し、株式の長期投資家にとってすらダメージを与える。

あまりに稚拙なことに、GPIF改革→株価上昇→成長戦略成功、この単純で誤った論理でGPIF改革が行なわれようとしているのだ。

私としては、このようなあまりに単純な政権政策批判をするのは、自分の知的レベルが下がったようで、嫌悪感がある。しかし、それが事実である以上、そう批判するしかない。

このような単純な論理で考えていなければ、GPIFのポートフォリオを国内債券(ほとんどが日本国債)を大幅に減らし、日本株式を大幅に増やせ、というような試案が出てくることはあり得ない。一説には、GPIFの資産構成を、国内債券を現在の60%から40%に減らし、国内株式を13%から20%に増やせ、という提案が聞かれるが、これこそ最も愚かな運用方針だ。このような愚かな提案をいわゆる有識者が行なう以上、年金運用で運用益が上がらなくてもいいから、要は損してもいいから、株価さえ上げればよい、その道具としてGPIF改革を使えばよい、という下心の下に議論しているとしか考えられないのだ。

国内債券40%、国内株式20%のどこが愚かか。国内債券、つまり、日本国債を60%も買っているのは、明らかに過大である。これは、ホームバイアスと呼ばれ、自国の資産に過大に投資してしまうバイアスが投資家にはあるのだが、その典型である。しかし、最大のホームバイアスは日本国債だが、二番目に大きなホームバイアスは日本株式への投資なのだ。世界における日本経済、日本の資産市場の割合は1割以下である。したがって、バランスよく投資するためには、投資割合も、日本10%、日本以外90%となるべきだ。日本国債が過大なら、日本株も過大なのだ。だから、日本国債を減らすのはいいが、その減らした分は、日本株を買うのではなく、海外債券、海外株式、そして、その他の多様な資産に投資するべきなのだ。むしろ、今の日本株13%は多すぎるのであり、日本株は売らなくてはいけない。それが普通のバランスが取れた運用の姿である。

それにもかかわらず、闇雲に日本株を買えとGPIF改革を主張する人々が言うのは、確信犯的に、日本の株価を一時的に上げようとしているとしか思えない。GPIFが6月以降、あるいは来年度以降日本株を買うということが分かれば、買い手が増えれば、需給から株価は上がるから、そこを先回りして海外投資家が日本株を買う。彼らが日本株を今買えば、今株価が上がる。それを狙う以外、このような誤った改革提案がなされる理由はないのだ。

年金運用改革、GPIF改革は、もちろん株価を上げるために行なうのではない。国民の年金資産を長期的な安定の下に少しでも殖やすために行なうものだ。すべてはリターンのために。すべては収益を増やすために捧げなくてはいけない。それは日本株を買うことではなく、長期的に値上がりする、あるいは長期的に安定して高い利回りをもたらす資産を保有することだ。それが日本株であれば、もちろん日本株を買えばいいが、リスクをコントロールしつつ高い利回りを上げるためには、できる限り分散投資した方がいい。実は、分散投資ではなく、集中投資をするべきだ、という考え方もあるのであるが(そして、私は個人的にはその考え方に近いのであるが)、その立場をとるとしても、それは長期的な運用方針として(GPIFにおいては、5年の中期計画という呼び方をしているが)アセットアロケーションの配分として掲げるべきではない。それならば、グローバル株式(日本を含む)、グローバル債券(日本を含む)、その他の資産というように分けるべきだ。その広いカテゴリーの中で、最適な戦略をGPIFの内部で考え、機動的に動けばよい。あるいは動かなければ良い(あえて機動的に動かないという戦略もあり、一般的には長期運用に置いては機動性はマイナスであるとされている)。

つまり、GPIF改革は、資産運用としてリターンを上げるためだけに行なわれるのであり、日本の株価は全く関係ないし、日本の経済成長も視野に入れてはいけない。

もちろん、改革の結果、日本企業がGPIFという巨大な投資家のプレッシャーにより慶系効率が良くなるとか、資産運用人材が日本でも育って、新しい産業が発達し、日本の金融がさらに発展するとか、そういう副産物はありうる。しかし、それはあくまで副産物であり、目的ではない。経済学において珍しく役に立つ定理があるが、それは一つの目的には一つの政策手段というものだ。手段よりも目的が多くては、その目的は達成できない。GPIF改革は、あくまで、徹底的に、100%リターンのために、長期的な安定性という前提の下に、すべてのエネルギーをリターンに捧げるべきなのだ。だから、日本経済成長戦略とは無縁だ。年金財政に貢献することだけが目的なのである。

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