放射能デマ拡散者への責任追及を--美味しんぼ「鼻血」騒動から考える

2014年05月08日 09:54

3年経っても広がる妄想

jpg-small小学館の漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」の4月28日発売号の料理漫画「美味しんぼ」で、福島を訪れた主人公らが鼻血を出す場面があった。そして漫画中で双葉町の前町長の井戸川克隆氏が「鼻血はよくあること」と漫画中で述べた。(写真)これは漫画原作者雁屋哲氏と、周囲の人たちの「脳内現象」、「妄想」にすぎないだろう。ばかばかしい。


この表現は、福島県で原発事故による健康被害があると、印象操作を示しているのだろう。医学的な反論は医師が各所でしているので参照いただきたい。(リンク・福島民報「放射線 放射性物質 Q&A」 「鼻血は被ばくが原因か」)

私は福島県を事故後に訪れ、福島県の方と何度も会っている。5月中に福島第一原発も取材する予定だ。もちろん放射能による健康被害は見聞したことがない。風評加害によるストレスへの不満はたくさん聞いた。

また次の要請を3年前からネット上で掲げているが返事はない。ここでも繰り返そう。

「福島県原発事故によって、鼻血など健康被害の出ている人がいたら、私が日本記者クラブと外国特派員協会に紹介します。記者会見をしませんか。顔を隠す形でもかまいません。ただし、詐欺に騙されたくないので、医師・専門家の診断書は持ってきてください。再検査費用は私が負担します。私は医学者ではないですが、ジャーナリストとしてこれまでの医療データを覆す世界的スクープになるでしょう。ピュリッツァー賞候補になるかもしれませんのでよろしく」

雁屋氏と小学館は、鼻血は取材による「真実」だと言っている。(ブログ)言うまでもないが、「鼻血」という現象の有無ではなく、福島の放射能による健康被害という文脈で強調したから、批判が広がっているのだ。雁屋氏、小学館、また彼を擁護する人に対して、理屈をこねる前に「放射能と関連する証拠を出せ」と言いたい。「可能性がある」という逃走、「漫画だ」という虚構の世界への雲隠れは、自分の言説に責任を取らない卑劣な行為である。

福島と東北と日本は、放射能デマや妄想によってもたらされた風評に苦しめられてきた。嘘を繰り返す人は、精神的な問題があるか、日本を貶(おとし)めて利益を得るのか、と勘ぐってしまう。美味しんぼのデマで「福島への見方」を変える人は少ないだろうが、社会に「怒り」「批判」という波紋を広げ、小さいながらも「分断」や「混乱」を日本にもたらした。雁屋氏は大変罪深い。

福島に現時点で「健康被害があるか」という情報は、福島と東北在住・出身の方の人生、そして社会に影響を与えることだ。いや国際的に見ると、日本全体が「汚染されている」というデマが流れている。日本人全体がデマの被害者だ。データや証拠を基に、慎重に議論を展開することを、私たちは肝に銘じなければならない。

そして繰り返すが、各種専門家の見解は、一致して日本で原発事故による健康被害の可能性は極小であるとしている。(記事「福島での被ばくによるがんの増加は予想されない–国連報告書」)

社会の雰囲気はデマの「動揺」から「批判」に

ただし、この「美味しんぼ鼻血騒動」で興味深かったのは、批判の量がすさまじいことだ。福島県双葉町は、小学館に「抗議文章」を出した。各新聞も取り上げている。

さらに環境省が鼻血に的を絞り、健康被害はありえないという文章を出した。(「放射性物質対策に関する不安の声について」)浮島智子環境省政務官もコメントした。(「残念で悲しい…「福島鼻血」漫画で環境政務官」)ここまで批判に晒された以上、小学館と雁屋哲氏は、引けなくなった。連載休止などになったら後味が悪いが、自ら選んだ道だろう。 

これまで多くのメディアが、福島の健康被害についてデマを繰り返した。(私の記事「メディアが助成した放射能ストレス」()())東京新聞は2011年6月16日の社会が動揺している最中に、「子に体調異変じわり 大量の鼻血」という、パニックを誘発しかねない記事を書いた。美味しんぼと内容は似ている。メディアとして最大限の批判をされるべき行為であろう。(東京新聞記事)

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私はこうした放射能デマの否定を2011年から機会あるごとに続けた。12年ごろまで、私に感情的な批判が繰り返された。2012年時点で自称ジャーナリストの上杉隆氏が、インターネット上で過去の放射能デマ発言を糺弾された。しかし広がりはネットの上だけだった。(サイト「上杉隆氏の検証」)

こうした状況と比べると、2014年現在はデマへの批判が以前より大きく、広範囲だ。私は日本人の賢明さに確信をいだいている。不必要な放射能の恐怖はばかばかしく、日本人一人ひとりにとって「自傷行為」であるという、当たり前のことに3年経過して気づいたのであろう。

福島の人々は、震災や原発事故でも冷静さを保ち、世界と日本に感銘を与えた。そして東北の人々は辛坊強いという美徳があるとされる。しかし、いくらなんでも3年も「穢れている」とデマを繰り返されたら、腹を立てるのは当然だ。

危険を承知した上で「メディアへの圧力」を

興味深い情報がある。福島県内では震災後、新聞の購読が減った。地元紙は約1割、全国紙は2割減になった。ところが毎日新聞だけ4割減になっているという。(福島の方のブログ「福島信夫山ネコの憂うつ」「風評加害者「美味しんぼ」本日炎上&福島で毎日新聞が40%も「激減」の衝撃」)

もちろん新聞部数の増減は、いろいろな要因が重なる。ところが、毎日新聞は、福島でおかしな形で目立っている。

同紙社会部の日野行介記者が、県民の健康調査、国の原子力規制委委員会などの放射線線量基準や調査について「おかしい」と記事を連発している。またデマを拡散する反原発団体の応援記事を書き続けている。(私の記事「復興庁幹部暴言騒動」)詳細は省くが、日野記者の解釈の方が「おかしい」点が多い。原子力規制委員会の田中俊一委員長は日野記者を会見で「勉強しろ」とたしなめたという。

もし同紙の部数減が事実とするならば、そしてもしそれが日野記者の「活躍」(?)と結びついているならば、言論企業として同紙の行動はこっけい過ぎるだろう。私は毎日新聞の伝統と、反骨の報道精神に深い敬意を抱いている。同誌が自律的に報道を是正すると、期待している。

「市民からの圧力と不買」。これは、メディアによる福島デマを是正するための、今後、起こりうる、また進むべき方向かもしれない。情報の受け手である一人ひとりが、デマに対しては毅然として是正を求め、また不買という正当な意思表示によって、デマ発信者が損失を受けるような形に追い込んでいくのだ。小学館スピリッツ編集部や、雁屋哲氏には、またデマ拡散者には、自分が利益を得るために、また目立つために、嘘をつく醜悪さが垣間見える。それを、指摘し、批判を強めるべきだ。場合によっては責任を追求すべきである。

私は言論界の片隅にいる人間として、社会が力で報道や市民の言論活動を押さえ込むことは、大変危険であると認識している。漫画表現を含む言論の自由は、人間の自己実現、さらには民主主義を機能させるために、最大限尊重されるべき権利だ。

しかし、他人の自由を侵害する言論の自由は無制限に認められない。それには当然、内在的制約がある。米国連邦最高裁判事、オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアは、1919年の判決で、次の言葉を残している。

「言論の自由を最も厳格に擁護したとしても、劇場で嘘をついて火事だ!と叫び、パニックを起こす自由は誰にも保障されない。あらゆる行為の性格は、それがなされた状況によって変わってくる」。

放射能デマが批判されるのは、まさにこの点にある。

もう福島原発事故から3年も経過し、社会も落ち着いている。そうした中で、平穏を壊し冷静な議論を妨げるデマ情報、風評加害情報は、「情報テロ」と認定して、もう「鎮圧」をすべき段階にきている。被害を受ける私たち全体でだ。

そして、メディアや情報発信者が自省をせず、3年も「冷静に、可能な限り正確に」と述べ続けなければならない現状はとても悲しい。「鎮圧」よりも、「自省」と「自制」によって、デマ拡散の問題を解決するべきなのだが。

石井孝明
経済ジャーナリスト
ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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