本当に石炭火力でいいのか

池田 信夫

トルコで起こった炭鉱事故は、今の段階で274人の死亡が確認され、なお120人が坑内に取り残されている。最終的な死者は300人を超えるだろう。中国ではこの規模の炭鉱事故は毎週のように起こっており、死者は2011年で7万9552人という推定がある。おおむね全世界で毎年10万人が炭鉱事故で死亡していると推定されている。


日本がこれから石炭火力を増やすと、世界の炭鉱で死ぬ労働者は確実に増える。この他に石炭火力による大気汚染では、全世界で毎年数十万人が死亡している。「それはよその国の話だ」というのは誤りだ。日本の水銀だけでも、石炭火力から年間1.23トン(約2000人の致死量)以上が排出されている。最大のリスクである地球温暖化は、日本人も被害者になる。

これに対して原発事故の死者として確認されたのは、この50年間でチェルノブイリの60人だけだ。過去にいろいろな推定があったが、国連科学委員会が最終的に確認したのがこの数字である。福島事故では、死者が出ることは今後とも考えられない。反原発派にとっては、炭鉱労働者の生命より福島の鼻血のほうが大事な問題なのか。

――こういうと、反原発派は「単純な比較は無意味だと考えます」という。それなら「複雑な比較」をしていただきたいものだ。推定には幅があるが、どのように大きく誤差を見積もっても、石炭火力のリスクは原発よりはるかに大きい(これはあらゆる国際機関に共通の結果だ)。

炭鉱事故で300人死んでもベタ記事だが、原発でちょっと汚染水が出たら、健康に関係なくてもトップ記事になる。おもしろいからだ。それはマスコミの商売としては当然だが、それに乗せられて騒ぐのは、マスコミの記事の大きさをリスクの大きさと取り違える情報弱者である。

これから日本は、石炭火力時代になるだろう。それは政治的にはやむをえない選択だが、地球規模でみると、かなり大きなリスクを取っていることを覚悟したほうがいい。本当にこれから石炭火力を増やしてもいいのだろうか。エネルギー政策に必要なのは、こういうリスクと便益のバランスを冷静に考えることだ。