ある新任小学校教諭の誓い --- 中沢 良平

2014年05月16日 15:57

4月から小学校の教師になった。自分の小学校以来、サラリーマンを経てもどった学校現場はなかなかに壮絶である。

始業式、子供が落ち着いて立っていられずうろつく。奇声を上げる。教師はなすすべがない。必要時以外は教室には鍵を閉める(盗難・いたずら防止)。入学式、子供たちはうろうろし、保護者はスマホかビデオ撮影にいそがしい。教師も注意せず。ここはそれなりのリーダーシップが要する職場だと覚悟をする。


初任者(採用一年目の教員はこう呼ばれる)として6年生の担任になった。どうやら初任者で高学年の担任はめずらしいらしい。話を聞くと、去年まで学級崩壊をつづけていた学年らしく、ほかに持ち手がいないからと言う。おかげで校長は、もともといる教師から、「とてもいい校長」との高評価をえている。

始業式の翌日、教室での出会い。ここからが大事である。業界用語で言う、「黄金の三日間」だ。どんな子供でもさいしょの三日間は今年こそは気持ちを新たに……と天使になるという格言である。3才児神話みたいでなんだか気持ち悪いが、とにかくこの三日間で主導権をにぎらなくては完全になめられ、一年間教室が無秩序におちいるという先達の知恵みたいなものである。

朝の職員会議が終わり、教室に向かう。多少の緊張。教師が教壇に立っても何人かの子供は走り回っている。ゴミもまき散らしている。ここでいきなりキレてはいけない。キレても子供との良好な関係を築けるのは一部の実力のある教師だ。自分はちがう。

「すわりなさい。ゴミをひろいなさい。」

そんなことで言うことを聞く子供たちではない。

「もう一度言います。すわりなさい。ゴミを出した人はひろいなさい。」

無視。

「三度言わせるんじゃない……」

教室に多少の緊張が走る。ゴミを拾い、席に戻る。一通りの自己紹介をすませ、学級運営に関する質問をうけつける。「先生、今年はいろんな色のボールペンもってきていい?」「ランドセルじゃなくて肩掛け鞄にしていい?」「ピアスはだめ?」等々きいてくる。教師の答えは「否」。ここでゆずってはいけない。外部の人が見たら、学校での細々した決まりは杓子定規の典型にみえるかもしれないが、これはこちらにどこまでルールを守らせる覚悟があるのかという、子供たちとの真剣勝負なのである。

今年の担任はちょっとちがうと思わせることに成功したかもしれない。4時間目まで淡々と授業を終え、子供たちを帰す。

帰り際、さきほどの子供が、「先生、パズドラのIDもってへんの?教えて」と聞いてきた。私はそもそもスマホをもっていないので、パズドラがどんなゲームかもよく知らないが、「先生、めっちゃ強いで。でもここは学校だから、先生とゲームの話はあかん。卒業して気が向いたら教えたるで。」とお茶をにごした。ここは一線を引いたとみるべきか、子供に寄り添ったと見るべきか、おもねったと見るべきか。

こんなかんじで、子供とは日々条件闘争なのである。無事卒業式をむかえられることを祈るばかりである。

中沢良平
公立小学校 初任者

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