福井地裁の大飯原発差し止め判決を批判する(速報版)

2014年05月22日 00:57
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判決を伝える福井新聞号外

福井地裁(民事第二部・樋口英明裁判長)が21日、関西電力の大飯原発3、4号機の差し止め判決を出した。筆者は判決文を通読した(前半)(後半

その論理構成は、法律的な粉飾をしているが、読むとおかしなところが多い。原発の賛否に関わらず、裁判所、ならびに裁判官の能力を問題にするべき判決だ。中立ではなく、巷の反原発活動家と同じような問題のある論理構成を繰り返している。


以下、論点ごとに簡単に指摘をする。今回は判決直後で迅速に書いた。私は法律の専門家でもなく、やや雑駁な面があるかもしれない。必要を認めれば、書き直す可能性がある。問題点があればご指摘いただきたい。

1・適切な判断を裁判所ができるのか

大飯3、4号機は、2012年7月に野田佳彦首相の政治判断で、同年夏場の関西の電力不足を避けるために再稼動した。13年9月に定期検査のため停止している。13年7月に施行された新安全基準に基づき、再稼動の申請中だ。原子力規制委員会の審査が問題だらけなことは、今回の論考では省略する。

関電側は、地元住民などからなる原告の主張に根拠法はないと主張している。それは妥当だ。原子炉の安全性は、国の機関が審査する仕組みになっており、専門性も必要だ。地元住民、また裁判所が、適切に審査できる範囲を越えている。実際に大阪地裁は、大飯原発差し止め請求訴訟をこの理由で今年4月に却下している。

原発の運転を規定する原子炉等規制法によれば、原則として建設許可を得た原発では、運転は可能になる。重大な安全の瑕疵などがある場合に原子力規制委員会が停止を命じられる。そうした法律を越えて、裁判所ができることはかなり権限があいまいだ。国が認めれば関電は稼動ができ、それを地裁は覆せないだろう。また福井地裁の判決は、控訴で覆るだろう。(と、私はとても分かりづらい同法と判決を読んで理解した。間違ったらご指摘いただきたい。)

2・「人格権」の判決での濫用

「原子炉の安全性に裁判所の判断が及ぶのか」という疑問に答えるため、福井地裁の判決は憲法の人格権(13条、幸福追求権)を振りかざす。判決では「人格権が経済的自由権より上位」とし、その人格権を尊重することで、原子炉等規制法に基づき、「裁判所が審査することは可能」としている。

これはかなり荒っぽい論理構成だ。反原発の人が繰り返し唱える「命はお金より重い」という単純な主張に、法律語の粉飾を加えただけに思う。

人格権をそれぞれの幸福追求権とすれば、人ごとに価値観は違うはず。関電側は、原発の停止による同社、ならびに消費者の経済的な損失を主張した。それを幸福に関わると重視する人も当然いるはずだ。

もちろん原子力に絶対事故はないとは断言できない。しかし、ある事象の存在で起こるリスクの存在を是認しつつ、そこから出る利益をできるだけ高くして社会生活を送ることが、普通の人の態度だろう。そして、原発からはリスクと利益の双方を、社会は享受している。

一部の人の人格権を過度に尊重して、社会全体の利益、他人の価値観を尊重しない、雑駁な議論を裁判所が行ったことに私は驚く。福井地裁の論理を使えば、自動車や飛行機などの安全性の判定を、その規制法に基づいて、「危険を感じて人格権を侵害される人のため」として裁判所が行えることになりかねない。

3・地震の評価は専門性が必要

判決文を見ると、訴訟の最大の争点は、耐震設計など安全対策の基準となる基準地震動を超える大きさの地震が起きる可能性があるかどうかだった。

関電側は訴訟で大飯原発の基準地震動を700ガルと説明。さらに原発周辺の三つの活断層が連動して想定を上回る759ガルの地震が起きたとしても、「安全上重要な施設の機能は維持される」などと反論している。ちなみに福島第1原発では想定500ガルの揺れのところ、570ガル程度の揺れだったが地震で原子炉は損傷していないと推定される。

そして大飯の原子炉は1260ガルの安全に耐えられるという。ところが驚くことに、地震動と専門性の必要な議論での論証を精緻に行わず、裁判官が危険を認定している。これは専門性の必要な議論だ。

日本の原子力規制委員会は、各地の原発に穴を堀り、活断層があるかないかという検証をやっている。これを世界の著名地震学者、原子力工学者が批判している。活断層の有無は地震リスクの判定の一部にすぎないためだ。その意見を聞く中で、世界で一番優れた規制を行っている米国原子力規制委員会(US・NRC)の地震リスクの判断方法を知った。次の通りだ。

1・周囲の地質の調査を解析し、場所ごとにシミュレーションをする。近くでも地形によって揺れはかなり違う。そしてそれを公開して意見を求める。活断層の有無も、この中で検討される。
2・その次に地震の揺れがあったとして、原発の構造物にどのような影響があるかを解析する。建物は建ったままではない。建造後、いくらでも補強できる。これも事業者の参加の議論の上で議論を公開し、必要なら工事を要請する。バックフィット(規制の事後適用)を行政が補償する制度もある。
3・その上で確率的に、どのような事故が起こるかを解析する。ケースごとに放射能の漏れる可能性、その量を分析。想定ごとのシミュレーションを行う。
4・地震の場合に対策を原子炉の管理者が実際に行えるか、実地での検証もする。

地震のリスク判断は「地震が起こる」「起こらない」という単純な判断で終わるものではない。何段階にも分かれた検証と、専門的な調査、その公開 検証、是正が必要である。福井地裁はこのリスク判定を「裁判所が関与できる」として、危険性を認定した。そんな能力があるのだろうか。あきれる傲慢さだ。

4・放射能への過剰な恐怖

福島原発事故では、原発は地震によって緊急停止し、地震そのものによる炉の主要設備の破損は起きていない可能性が高い。冷却装置の津波に寄る破損が事故につながった。また事故の影響は限定的で、国、国連などの各専門家によれば「福島事故による健康被害の可能性はない」ということで一致している。

ところが、この判決では、原発事故の無限性を強調。それゆえに原告(訴えた住民側)によった判断を行うべきとしている。裁判官の単純な反原発感情、恐怖感情を、法律語で粉飾して訴えた側に有利な判定に使っているように思える。

5・まとめ–原子力行政は違法行為だらけ

簡単にチェックをしただけで、福井地裁の判決は問題点が目立つ。いい加減な判決で原子力行政、エネルギー行政がまた混乱させられていいのかと、暗澹たる気持ちになる。

私は、日本は原子力を活用した方がいいと考えている。原子力は悪ではない。ただの技術で、適切に利用すればいいだけの話だ。しかし正当な手続きで、合理的に、かつ合法的に脱原発が決まれば、それは仕方がないと思う。

ところが、福島原発事故の後で、デマ、一部の人の狂乱、誤った情報が、エネルギー政策、原子力政策に影響している。それが非合理かつ違法な面の多い行政活動や政策につながっている。これが問題だ。そして冷静であるべき裁判所まで、その空気に感染したのか、変な行動をしていることに、がっかりする。

この判決は、批判の中で、忘れられるべきものにしたい。

最後に、原子力をめぐり「法律、法律」と叫ぶ人たちに、一つのことを指摘したい。実は原子力行政では、法律に根拠のない命令が多発されている。2011年5月に菅直人首相が決めた中部電力の浜岡原発の停止は、法律の根拠がない「お願い」である。現在、田中俊一原子力規制委員会委員長は、安全基準の事後適用(バックフィット)を、費用負担を誰がするのか法的に整備されていないのに各電力会社に強制している。これは企業の財産権の侵害だ。これらを放置して、福井地裁のおかしな判決を賛美するのはおかしい。

政府が原子力問題で、違法行為を堂々とやっている。そして電力事業者、さらに国民は、経費の負担を、彼らの判断によって受けているのだ。発電能力100万kW級の原子炉の停止を代替するため火力発電を動かすと、年間700億円から1000億円の化石燃料代が余分にかかる。

電力会社はこのままでは政府に潰されるだろう。その前に行政や政治家を訴えて、一矢を報いてはいかがだろうか。ただ福井地裁の裁判官を見ると、司法が助けてくれるとは思えないけれど。

石井孝明
経済ジャーナリスト
メール・ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター・@ishiitakaaki

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