ヴェネツィア共和国がよみがえる!?

2014年05月23日 22:17

州都ヴェネツィアの歴史にならう

水の都として名高いヴェネツィアが独立を模索するかもしれない。

先日、ヴェネツィアを州都とする北伊ヴェネト州で、イタリア共和国からの分離独立を問うインターネット投票が行われ、参加した住民の89%が賛成票を投じた。その後、独立を主張する急進派の24人が、ブルドーザーを改造した手製の戦車をヴェネツィアのサンマルコ広場に持ち込んで、広場を占拠しようと画策していた等の動きも明るみに出た。


周知のようにヴェネツィア共和国は、強大な海軍力を背景に東方貿易を独占して7世紀から繁栄した海洋都市国家である。1797年にナポ レオンに滅ぼされるまで、1000年以上にわたって経済・文化・貿易の一大拠点として地中海に君臨した。同国は往時、アドリア海からイオニア海、さらにエーゲ海へと続く東地中海を席巻し、領地は現在のロンバル ディア州東南部からヴェネト州を含むイタリア本土の東北部と、かつてのユーゴスラビア、ギリシャ、トルコ、キプロス島にまで及んだ。  

ヴェネト州は、同州の州都でもある昔日の海洋都市国家ヴェネツィアにならって、いわば「ヴェネト共和国」としてイタリアから独立するとしている。住民投票はヴェネト州の独立を推進する複数の地域政党が主催した。今のところネット投票の結果には法的な拘束力はないが、主催者は独立へ向けた法案づくりを目指す計画である。イタリア共和国がヴェネト州内でのそうした大きな動きを無視することはほぼ不可能だろうから、この先何らかの展開があると考えられる。

イタリアの心情的独立国家群

ヴェネト州の独立運動は、クリミアのウクライナからの独立や、スコットランドの英国からの独立要求などに影響されていると考えられる。それと同時に、一向に改善しないイタリア財政危機への抗議、という側面もある。しかしそればかりではない。イタリアの場合にはこの国独特の歴史背景があって、独立運動やそれに近い混乱が頻発するのである。  

イタリアが統一国家となったのは今からおよそ150年前のことに過ぎない。それまでは海にへだてられたサルデーニャ島とシチリア島は言うまでもなく、半島の各地域が細かく分断されて、それぞれが共和国や公国や王国や自由都市などの独立国家として勝手に存在を主張してい た。その中には欧州全体で見ても屈指の強国も多くあった。良く知られているのが、例えばルネッサンスを生み出したフィレンツェであり、東 方貿易 と海運業で栄えたヴェネツィアやジェノヴァなどである。そうやって独立国家が乱立していた頃のイタリアの人々の心性は、統一から少し時間がたった今も実はほとんど変わっていない。  

国土面積が日本よりも少し小さいこの国の中には、周知のようにバチカン市国とサンマリノ共和国という二つのれっきとした独立国家があり、形だけの独立国セボルガ公国等もあるが、実際のところはそれ以外の街や地域もほぼ似たようなものである。ミラノはミラノ、ヴェネツィアはヴェネツィア、フィレンツェはフィレンツェ、ナポリはナポリ、シチリアはシチリア…と、イタリアは今もってたくさんの小さな独立国家を内包して一つの国を作っている。

そういう歴史があるために、1861年に国家が統一され、それから10年後にローマが最終的に統一国家の首都となっても、人々は少しも納得していない。ローマはイタリアの首都かも知れないが国の中心ではない。国の中心はあくまでも自分の邦(街)だと言い張って、お互いに協調するどころか反目しあってばかりいる。

カモッラのボスの本音

TVドキュメンタリーや報道番組のディレクターという仕事柄、僕は長い間イタリア全国を巡り歩いてきた。僭越ながらイタリア人よりもより多くイタリアを見て歩いた、とさえ自負している。そうやってイタリアを旅して回ると、人々の言い分が強い根 拠に基づいたものであることを思い知らされる。前述の各都市や地方は言うまでもなく、古い歴史を持つイタリアの都市や地域は全て、独自の文化や町並や気候風土や生活様式を持っている。人々の気風も違えば言葉も違う。  

地方中心主義のイタリア人の心性を端的に表すエピソードを、ここで一つ紹介しておきたい。ナポリの犯罪組織「カモッラ」の大ボス、ミ ケーレ・ザガリアが16年間の逃亡生活の後に検挙された時のことだ。彼は逮捕された瞬間にいかにもイタリア人らしい名言を吐いた。即ち: 「Va bbuo…Ha vinto lo Stato(わかったよ…国家の勝ちだ)」

日本国と自らは一体だと無意識に思い込んでいるほとんどの日本人には、そんなセリフは逆立ちしてもまず思いつかないだろう。せいぜい 「くそ、サツの勝ちだ」とか「サツに負けた」とか、目いっぱい譲って「検察の勝ちだ」などとでも言うところではないか。ザガリアのその呟きは、各地方が独立国家のように存在を主張してツッパリあっているイタリアならではの愉快発言、と僕には見える。  

つまり彼はイタリア人である前に、イタリア共和国内の心情的独立国家「ナポリ国のナポリ人」なのである。そのナポリ人にとっては、統一 国家イタリア共和国は対立する存在である。「ナポリ国民」であるザガリアは、ナポリよりもより大きな「仮の所属国家」イタリア共和国の官憲に逮捕された。つまり国家に負けた。その思いがぽろりと口をついて出たのが「わかったよ…。国家の勝ちだ」という捨て台詞だったのだ。事ほど左様に、イタリア人の地域所属意識とそこから生まれる独立志向の精神というものは強烈である。

余りにもイタリア的な…

統一国家は生まれたものの、イタリアの各地域には独立自尊の精神が色濃く残っていて、何かにつけて中央政府に盾ついたり旧独立国家間で言い争ったりと、頻繁に軋轢が生じる。そうした独立志向の精神の表れの一つが、今回のヴェネト州独立運動の背景だ。ところが、ヴェネト州独立模索のニュースは実は、イギリスやアメリカを始めとする欧米諸国また日本などで結構話題になったものの、 当事国のここイタリアでは意外にもそれほど関心を呼ばなかった。地方自治体が住民投票によって分離独立を主張するのは憲法に抵触する可能性が高いから、この国のメディアはあまり真剣に捉えなかったのだ。  

だがそれ以上に、メディアがニュースに無関心だった理由がある。つまりイタリア共和国からの独立を目指そうとする地域が、五つの特別自治州(※註1)などを筆頭にこの国の中には多くあるため、メディアも国民も「またかよ。だからなに?」という気分で、ヴェネト州での動きを醒めた目で見ていた、というのが真相なのである。

例えばドイツ語圏の南チロルは、今現在は平穏を保っているが、何かあればすぐに独立を画策する爆薬庫だし、シチリア島などにも事あるごとに独立をチラつかせる強い勢力がある。南部を斬り捨てて北部だけで独立しようと主張する「北部同盟」のような政党が存在するのも周知の事実である。  

今回のヴェネト州の騒ぎに触発されて、地中海の島嶼(とうしょ)州・サルデーニァ州でも独立を求める動きが活発化している。島の活動家たちの主張はユニークだ。彼らはイタリアからの分離独立ばかりではなく、EU(ヨーロッパ連合)からの離脱も同時に求めるとしている。その方法はなんと、 EUに加盟していないスイスへの編入・統合なのだという。荒唐無稽な主張に見えるが、経済的に貧しい島の人々のイタリア本土への不満や、 EUへの恨みがにじみ出たような要求である。

このように、イタリアには独立志向の地方が多い。実際に独立運動を起こさなくても、隙あらばいつでもイタリア共和国の枠から出てみたいという意志を持つ、かつての都市国家や独立国家が少なからず存在するのだ。

独立自尊の大いなる光と小さな影

各地方が勝手に独立を唱えるような状況では、統一国家は当然まとまりに欠ける。イタリアの歴代政権が回転ドアみたいにくるくる変わったり、何事につけ国家としてのコンセンサスがとれていかなかったりするのも、その遠因には常に、独立自尊の心を持つ各地方が我が道を行こうとして喧々諤々の主張を続ける現実がある。

そこには国が混乱するというマイナス面がある。しかし、同時にそこには大きなプラス面もある。つまり多様性を尊重・重視しようとする確かな哲学の存在であり、それに裏打ちされた精神の開放と自由な発想の乱舞である。誰もが自説を曲げずに独自の道を行こうと頑張る結果、イタリア共和国にはカラフルで多様な行動様式と、あっとおどろくような 独創的なアイデアが国中にあふれることになる。  

そして何よりも大切な点は、イタリア人の大多数が、「国家としてのまとまりや強力な権力機構を持つことよりも、各地方が多様な行動様式 と独創的なアイデアを持つことの方がこの国にとってははるかに重要だ」と考えている事実である。言葉を変えれば、彼らは「それぞれの意 見は一致しないし、また一致してはならない」という部分でみごとに意見が一致するのである。

それは多様化とグローバル化が急速に進んでいく世界の中にあって、非常に頼もしい態度であり美しい国の在り方だと僕は思う。多様性こそイタリア共和国の真髄なのである。もっと言えば イタリアの多様性を愛するが故に僕はこの国に長く住んでいる・・  

(※註1)シチリア、サルデーニャ、ヴァッレ・ダオスタ、トレンティーノ=アルト・アディジェ、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリアの各州。イタリアには州が20あ り、そのうち15州が通常州、5州 が特別自治州である。特別自治州は通常州よりも大きな地方自治権を有している。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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