W杯VS大相撲

2014年06月15日 00:17

ブラジルW杯が始まった。ここから7月13日の決勝戦までわくわくの日々がつづく。

幸い大相撲の名古屋場所とは日程が重ならない。いや、決勝戦の13日は名古屋場所の初日だから、正確に言えば一日重なる。だが、ブラジルとの時差のお陰でどちらも実況放送を違う時間に見ることができる。良かった。


W杯開幕戦のブラジルVSクロアチアでは主審と線審の3人が日本人という、見ていて何となく嬉しくなるような珍しい配置があった。

しかし、主審の西村さんは難しい采配を強いられて、少し後味の悪い結果になった。ブラジルに与えたPKが是か非かという論争が巻き起こったのだ。

結論を先に言うと、西村さんには悪いが、PKを与えたのは失策だったと僕は考える。

試合の模様を録画していたので何度も再生して確認したが、クロアチアのDFロブレンに引き倒されたように見えるブラジルのFWフレッジは、シミュレーションだ。相手の手が体に触った瞬間を捉えて大げさに倒れ込んだのだ。

PKどころか、ファールはむしろ倒れたフレッジから取るべきだった。イエローカードものだと思う。

こういうことを書くと、ヘンなナショナリズムに侵された者がお前は日本人を批判するのか、反日か、などと言い出したりしかねないが、審判はピッチの上の仕事ぶりを評価されるのが宿命だ。国籍は関係がない。

問題の場面では誰が審判であろうと、またPKを与えても与えなくても、必ず批判が起きただろう。

なぜならそれはW杯の開幕戦という大舞台の、しかもゲームが拮抗している場面で起きた極めて重要なジャッジだったからだ。

PKはブラジルのエース・ネイマールによって得点になり、ブラジルが2-1とクロアチアを逆転した。

オウンゴールながらクロアチアに先行されて苦しんでいたブラジルは、1-1に持ち込んでからも本来の調子を取り戻せずにいた。そのまま行けばクロアチアにも十分に勝機がある展開だったのだ。

しかし、PKを境にブラジルは心理的に楽になって躍動し、最後はダメ押しの3点目を入れてクロアチアを突き放した。

サッカーは、多くのスポーツの中でも特に心理作用が強く働くゲームだ。サッカーの監督は何よりもまず心理分析に優れた者でなくてはならないとさえ言われる。

試合中もその前後でも常に、選手の心理を読み、状態を把握し、それらの集大成である試合の心理(動き)を読み、練習中にも読み続ける。

ブラジルVSクロアチア戦では、ネイマールのPK得点によってゲームを左右する微妙な心理変化の津波が起きた。ブラジルが圧倒的に有利になったのだ。

西村主審がPKの宣告をしたとき、クロアチアの選手が一斉に激しい抗議をしたのは、「彼らから見れば」明らかな誤審を糾弾する意味合いはもちろんだが、PKが得点に結びついた後に来るであろう、強烈な心理的打撃を怖れたからだ。そうした場面はプロのゲームではひんぱんに見られる。

選手以上に憤懣を隠さなかったのがクロアチアのニコ・コヴァチ監督だった。心理分析の専門家である彼は、試合の流れが劇的に変わるであろうことを知悉しているから怒りをあらわにしたのだが、同時に彼は審判のジャッジがひっくり返らないことも知っている。

それでも激しく抗議をするのは、そうすることで選手をかばい、鼓舞し、士気が崩壊することを避けようとするからである。自チームの選手は悪くない。悪いのは審判でありひいては相手チームの選手だ、と主張することで選手を庇護しチームの戦意を高く保持しようとする。

それは現在進行中のゲームだけではなく、将来の戦いのためにも絶対にやっておかなければならないことだ。なぜならW杯は始まったばかりである。クロアチアはたとえ目の前の相手のブラジルに敗れても、次からの試合に勝ち続けることで予選を突破し、優勝することだって不可能ではない。だから彼は将来も見すえて、そこでは憤怒をあらわに抗議をしておかなければならないのである。

逆にPKを与えなければ、今度はブラジルの選手や監督が激しく抗議をしていたかも知れない。審判は虚実織り交ぜた両チームの猛烈な心理戦の標的になることもしばしばだ。従って主審を務めた西村さんが、その部分で批判されても何も気にすることはない。批判そのものが半ばハッタリの舞台劇だからだ。

しかし、西村さんがクロアチアの選手にPKに価するファールがあった、と判断したのは明らかにミスジャッジだ。それは世界中のテレビやビデオデッキで繰り返し再生された録画映像によって、万人が知るところとなった。

ここで、昔はビデオ映像などなかった。だからそれを見て誤審と判断するのはルール違反だ、などと抗弁するのはそれこそがルール違反だ。なぜなら、今やビデオ録画による確認も含めた一切の事象が、審判の正誤を判断する材料になっているからだ。

サッカーの試合中の激しい動きを見極めるのは至難の業だ。いかに優れた審判でも必ずミスを犯す。だから西村主審が誤審をしても仕方がない。しかし、誤審をそうではないと強弁するのは良くない。スロー再生ビデオで見れば、ブラジルのFWフレッジがシミュレーションをしているのは明白なのに、西村さんは逆にクロアチアのディフェンダーの真正のファールと見誤った。残念だがそれが真実だ。

この誤審はW杯の進展具合によっては世紀の誤審として歴史に残るかもしれない。もしそうなった場合は、西村さんは世紀の誤審を犯したことによって審判のあり方に警鐘を鳴らした、と敢えて考えてむしろ誇りにしてもいいのではないか。いかなる優秀な審判も完璧ではないのだから。

僕はW杯の開幕戦という大舞台で日本人が審判を務めたことを喜び、そこで誤審があったことを大いに残念がり、さらにそれをポジティブに捉えるべき、などと考えを巡らせながらサッカーと並んで僕が好きなスポーツ、大相撲のことを思ったりもした。

大相撲では、審判の誤審は極めて少ない。いや誤審はいくらでもあるのだが、ビデオによる検証が行われている現在は、サッカーのような「大誤審」は起こりようがない。

大相撲の舞台はサッカーのピッチとは違って、狭い丸い土俵の上である。その周りに主審の行司とは別に5人の勝負審判が陣取って、すぐ目の前で起こる力士の動きに神経を尖らせる。彼らの目利きは精確で迅速で見応えがある。行事を含む審判の鑑定は、同時進行で検証されるビデオ映像で補正あるいは補佐されて、さらに確実なものになる。

物言いの場合、審判同士の見解・指摘・確認作業とビデオ映像の検証が同時並行に行われた後、最終的な結果が出る。そこでは行司差し違えで判定がひっくり返るケースもざらにある。この点、試合の動きの中で出された審判の判断が、ビデオ映像と乖離があってもほぼ100%くつがえらないサッカーとは大違いである。

サッカーの試合では、ビデオ検証を審判の判断材料として取り入れた場合は試合のリズムが乱れる、という説などを中心に反対意見が多い。しかし、PKなどではいずれにしてもゲームが中断してプレイのリズムは変化するのだから、そこでビデオによる検証時間を差し挟んでも構わないのではないか。

例えば今ここで問題にしているブラジルVSクロアチアの場合、PKに価するファールと主審が一端結論付けた後にビデオによる検証を行い、そこでシミュレーションがあったと認められた時はPKを取り消して、逆にブラジルのフレッジにイエローカードを示しても良かったのではないか。その上で試合を再開しても、実際にその試合で発生した以上の「リズムの乱れ」は起きなかったのではないか、と思うのは僕一人だけだろうか。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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