「アナ雪」とSTAP細胞騒動

2014年06月18日 11:46

大衆迎合タイトル、平にご容赦。


ディズニーの劇場公開フィーチャー作品としては53作目となる「アナと雪の女王」(原題「Frozen」)が大ヒットとのこと。5月27日の時点で全世界で12億ドルの売上をあげ、アニメ作品としては史上最大のヒット、映画としても歴代5位となったということです(あくまでもドル換算、インフレ調整なしですが)。

ヒットの要因に関してはいろいろ議論が尽くされているようですが、個人的にはやはりその音楽が素晴らしいと思います。

全編102分というお子様向けに比較的短い上映時間のなかで、ミュージックシーンは24分とその約四分の一を占めています。特にオープニングから前半のクライマックスであるエルサの戴冠式までいっきにストーリーを運んでいく「氷の心(Frozen Heart)」「雪だるまつくろう(Do You Want To Build A Snowman)」「生まれてはじめて(For The First Time In Forever)」の三連発は圧倒的ですし、世界中を「♬レッイッゴー~、レッイッゴー~」で包んでしまった「レット・イット・ゴー~ありのままで~(Let It Go)」は文句無しの名曲でしょう。嘉門達夫師匠をして「コード難しいねん、この歌!」と言わしめた曲ですが、Aメロではエルサの心の葛藤をサスペンデット・コードで表現し、サビの部分では絶叫調に歌い上げる彼女の独立宣言を付加和音でサポート。この手のテクを駆使した曲としては近くではマライア・キャリーが歌ってヒットした「Without You」がありますが、アカデミー賞受賞のロペス夫妻チーム、うますぎます。

音楽以外のヒットの要因としては、姉妹という女子キャラ二人を主人公に設定し、彼女たちの友情と家族愛を中心にすえたストーリーの斬新さをとりあげる論調も多く散見しました。この点に関して、私は反対はしませんが、これはディズニーのアニメーションのなかでも特に「プリンセスもの」といわれる作品群の発展というより大きな視点にたって語られるべきだと感じています。

ディズニーには「白雪姫(Snow White and the Seven Dwarves)」(1937)から始まった第一次黄金期と呼ばれる時代と、「リトル・マーメイド(The Little Mermaid)」(1989)からの第二次黄金期があります。この第二次黄金期にくり返し言われてきたことに、「白雪姫」、「シンデレラ」「眠りの森の美女」のような、かつての「プリンセス」もののストーリーが陳腐化しているということがありました。今の時代に、女の子の主人公のゴールがイケメン王子様キャラと結ばれることであるというストーリーラインはもう古くさいという指摘です。しかもそういう女子主人公たちがそうじて10代後半の少女として描かれていることも、こうした議論に拍車をかけていました。

もちろん、製作者としてのディズニー側も、いろいろ趣向をこらして、そうした「プリンセス」キャラをより自立した、モダンなイメージに仕立てようとしましたし、ストーリー的にも、王子様キャラが彼女たちを救うのではなく、彼女たちが王子様キャラを救う立場となる作品群を発表してきました。例えば「美女と野獣(Beauty and the Beast)」(1991)のベルや「ポカホンタス(Pocahontas)」(1995)、または「ムーラン(Mulan)」(1998)などです。

しかし直近の「塔の上のラプンツェル(Tangled)」(2010)と今回の「アナ雪」が一歩踏み込んだ印象を与えた隠し味の正体は、自立したお姫様キャラのあり方だけではなく、彼女たちを支える王子様キャラの描かれ方にあったといえます。

従前の作品では、お通夜に突然現れて死体にキスするだけだったり(「白雪姫」)、部下にガラスの靴の持ち主を探させるだけのズボラな王子様(「シンデレラ」)、または突然目の前に現れた声を失った美少女のバックグラウンドに驚くほど無関心な王子様(「リトル・マーメイド」)などなど、お金もちの資産家のボンボンらしいが、どうも性格のどこかに異常をきたしているかのような、うすっぺらな二次元キャラばかりでした。

それが明らかに変わったのは「塔の上のラプンツェル」のフリン・ライダーからでしょう。良家のご子息どころかアウトローの彼は、ラプンツェルを救うにあたって、当然のように敵役を倒すのではなく「自己犠牲」という選択をとります。これは「アナ雪」のクリストフ君のストーリーラインにも通じています。

結局のところ、現代の聴衆に受け入れられる女子キャラを描くには、彼女の個性を光らせることばかりに力を注いでも不十分。男子キャラの描き方を変えなければいけない。これがディズニーのたどりついた結論だったわけです。

これは現実社会における女性の社会進出の議論にも通じる論点といえます。

そしてこの視点から一連のSTAP細胞騒動を俯瞰するとき、日本の男子はもっと変わっていかなければならないと感じるわけです。

小保方女史への疑惑そのものはひとまずわきに置いておくとして、問題の論文の発表時には、手放しで「日本は女性が輝く国だ!」とどこかで聞いたような言葉でもち上げ、一転して疑惑が生じると記者会見での涙だのメイクアップがどうだなどとピントのずれたはしゃぎよう。一方では保身に汲々とし要領を得ない言い訳を左右する老人がいるかと思えば、まったくお呼びでないそれこそ白馬の王子様きどりの「擁護者」が奇声をあげる。まったく目も当てられぬとはこのことでしょう。

要するに、本当に女性が輝く国をつくるのであれば、それ相当に男がスマートでなければいけないということです。

少子化問題もそうですが、問題の本質は女性だけにあるのではないということを、より多くの日本人男子が気づくべきでしょう。

追記:上記のような自説を試しに同年代の女性に開陳してみたら、「だからといって女の子の王子様願望を否定して欲しくない!」とのご託宣。まさに「男はつらいよ」ですな。

オマケ

オマケ2
女子キャラ2人の友情物語でヒットを狙えることを証明したのは、やはりブロードウェイでロングラン記録更新中の「ウィキッド(Wicked)」でしょう。このオリジナルキャストで主人公エルファバを演じたイディナ・メンゼルが「アナ雪」のエルサの声です。

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