戦争が経済を生んだ - 『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』

池田 信夫



集団的自衛権をめぐる朝日新聞の常軌を逸した報道や、それにあおられた人々のデモを見ると、日本人の平和ボケはかなり重症だ。これは日本人の持病みたいなものだが、第二次大戦後の例外的な「長い平和」で、死ななきゃ直らない病気になったのかもしれない。

人類は石器時代には殺し合っており、最大の死因(10~20%)は戦争と殺人だった。したがって人類の脳には、殺し合わないための遺伝子が埋め込まれており、それが個体群を守る利他的感情である――これは今では学問的には陳腐な話だが、日本ではほとんど知られていない。

本書は社会生物学でウィルソンが、軍事学でガットが、政治学でフクヤマが論じた話を経済学に応用したサーベイだ。人類の歴史では戦争がデフォルトで、殺し合いをやめるために、共通の神を信じる信仰心や、協力を美しいと考える感情が生まれた。これが人々が分業できるようになった原因だ。

分業が市場を生み、競争を生んだ。競争は擬似的な戦争なので、「見えざる手」だけではコントロールできない。競争が戦争になるのを防ぐために国家ができたが、それが戦争を生む。主権国家では政府が軍事力を独占して平和を実現したが、「ベンチャー国家」としてアル・カイーダなどのテロリストが生まれた。彼らが核兵器をもつと、20世紀後半以降の平和は一挙に崩れる可能性もある。

本書はオリジナリティはないが、戦争が社会の本質であることを知らない日本人には読んでほしい。しかし”Company of Strangers”というしゃれた原題をこんな醜悪な邦題にした訳者(山形浩生)への警告の意味で、評価は★★とする。