最大の脅威は尖閣諸島ではない

池田 信夫
世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)

集団的自衛権反対で騒いでいる人々は、日本が具体的にどこの戦争に「巻き込まれる」ことを想定しているのだろうか。朝日新聞は「地球の裏側」の戦争に日本が巻き込まれると、本気で信じているのだろうか。尖閣諸島で戦争が起こるとすれば、それは巻き込まれるのではなく、日本の戦争である。

しかし本当のリスクは尖閣ではなく、朝鮮半島だ。その意味で最近、中国と韓国が接近し始めたのは不気味である。北朝鮮が崩壊するのは時間の問題だが、そのとき中国が朝鮮半島全体を支配下に収めようとする可能性があるからだ。本書は、そういう動きが100年以上前にもあったことを示している。


茂木健一郎氏のように「日本が西洋をまねてアジアを植民地支配するために侵略した」という幼稚な歴史観はいまだに広く残っているが、よくも悪くも明治の日本にそんな実力はなかった。当時のアジアで最大の脅威は、ロシアの南下だったのだ。19世紀初めからロシアは樺太に南下し始め、1855年に日露和親条約が結ばれて国境を画定した。あまり知られていないが、ロシアの脅威は英米より差し迫っていたのだ。

明治初期の朝鮮半島は清の冊封国で、属国自主の国家とされていた。これは西洋のような植民地支配とは違い、清に朝貢して服従を誓うかぎり政治的な独立を認めるものだった。これに対してロシアが、清の弱体化に乗じて李氏朝鮮をねらい始め、それを恐れた日本は朝鮮の独立を支援した。

当時の朝鮮では、清の属国のままでいいという「事大党」と、独立した近代国家になろうとする「独立党」が争い、後者の代表が金玉均だった。しかし彼らの改革は挫折し、甲申事変というクーデタが失敗して朝鮮半島は清の支配下に置かれた。しかし本国の治安も悪化していた清に朝鮮を統治する力はなく、ロシアは満州に進出して朝鮮に南下しようとした。

明治政府の主流は、なるべく朝鮮半島にはかかわりたくないと考えており、甲申事変への支援も中途半端だったために失敗した。その後も日清戦争などを通じて朝鮮半島に引きずり込まれるような形で、アジアに進出したのだ。それを支援したのが、ロシアの南下を恐れるイギリスで、1902年に結ばれた日英同盟は対露同盟だった。

当時のロシアと似たような位置に、今の中国がいる。彼らは北朝鮮はすでに支配下に収めているので、次に韓国を昔のような「冊封国」にしようと考えるのは自然だ。もちろんアメリカはそれを許さないから、中韓の連携が強まると、朝鮮半島の緊張が高まるおそれが強い。もともと歴史問題にあまり興味のない中国が慰安婦などを蒸し返しているのは、そういう思惑もあるのではないか。

このように現在のアジア情勢を考える上でも、昭和史を検証することは重要です。アゴラ読書塾では、アジアの中での日本の歴史を実証的に考えます。きょうの第1回は、会場でご覧いただいた後でも受け付けます(見るだけでもOK)。