SF6ガスの揺れる視界 --- 長谷川 良

アゴラ

当方の関心は今、網膜剥離と診断されて以来、目に注がれている。具体的には、当方の目の中に注入された六フッ化硫黄ガス(SF6)の行方だ。

ハヌシュ病院眼科病棟の当方のカルテにはラテン語で「Ablatio retiae rechts」(右目網膜剥離)と記入されている。

このコラムのテーマ、SF6についてもう少し紹介する。1時間余りの手術では、剥離した網膜を網膜色素上皮に再度、付着するために無臭、無色、無毒の化学物質SF6ガスが目の中に注入された。ガスの力で網膜を再び元の位置に押し戻すためだ。SF6ガスは平均1週間から長い場合、12日間ほどとどまっているが、時間の経過とともに消滅していく。SF6ガスが剥離した網膜を網膜色素上皮に付着させたかは、ガスが消滅した後、再検査しなければわからない。


当方の病室は4人部屋だった。3人は高齢者で、年下の外国人患者をいろいろ世話してくれた。建築事務所を経営する患者は当方と同じようにSF6を注入されたばかりだった。ベットではうつ伏せで寝ている。座っているときも首を下に曲げ足元を見ている。横からみると、その姿が前ローマ法王べネディクト16世に似ていたので可笑しくなった。当然、当方も手術後、彼と同じようにうつ伏せにならなければならなかった。それはSF6ガスの圧力で網膜をもとに戻す効果を高めるためだ。

病院生活で厳しいのは手術ではなく、手術後だといわれるが、その通りだ。16年前のがんの手術の時もそうだった。手術後、集中治療室で過ごしたが、姿勢を動かすことができず、背中が痛かったことを今でも鮮明に思い出す。今回の場合は、うつ伏せ姿勢を一日中強いられたので大変だった。首から手まで痺れてくる。

世界の情勢は当方の個人的事情とは関係なく動いている。欧州連合(EU)がロシアに対して経済制裁を決定したこと、イスラエルとハマスの衝突、リビア、イラクでの紛争、アルゼンチンの財政破産問題、西アフリカのエボラ出血熱の拡大など、ラジオのニュースで聞いてきた。「1週間は、新聞や本を読むのは厳禁」という期限は過ぎたが、右目の中のSF6ガスの影響で視界が揺れる状況が続いていることもあって、依然、新聞を読むことは控えている。

古くなったラジオから流れてくるニュースや音楽を聴きながら、SF6ガスがもたらす揺れる視界の回復を待っているところだ。(家人代筆)


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年8月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。