日本の国家戦略における英国との武器共同開発の意味 --- 後藤 身延

2014年08月13日 10:22

先日、政府は英国と武器の共同開発すると発表しました。これは4月の武器輸出3原則の新解釈を閣議決定してからはじめての事案とのことです。

集団的自衛権の行使の憲法解釈の変更や武器輸出促進とも取れる現政権の動きをみると、日本として国として相当の軍事力を持つことを目指しているようにみえます。これらのことがすぐに日本の軍事力がアジア若しくは世界の脅威になるようなことや戦前のような軍国主義、ファシズム、帝国主義につながるものではないと考えますが、明らかに従来の方向性から一歩進んだ形になっています。


現実的な国際情勢、政治状況、外交的な側面を踏まえて考えるなら、日本が相当な防衛力や軍事力を持つことは間違った方向性ではないと思います。

しかしながら、戦後、平和憲法のもとで経済大国となったことを顧みると本当に良い方向性であるのかどうか、疑問に感じます。自衛隊を保有する中での平和憲法に異論を唱える考えもあるでしょうが、建前論であったとしても、一定の抑制が働いていたことは事実であったと思います。

では、なぜ、現時点で方向性を変えていく必要があるのでしょうか。更にいうなら、日本の基本戦略、グランドストラテジーが転換する起点なのでしょうか。

日本の国家としての大戦略は、明治維新以降、欧米列強、先進国に支配されない或いは殖民地にならずに国として独立し、更にはそれらの先進国に肩を並べる強国になるという方向性があったと考えられます。明治維新、またはその後においても当時の先進国の思惑、アジア戦略の渦中でそれらの影響を受けながらも、日本の国家戦略は、一定の国際的な立場を確保するという形で目指す方向性に沿った結果を成し得たと思います。

しかしながら、その後は、当時の国際政治情勢、経済情勢を結果的に見誤ったことで、更なる強国となるその戦略の実現性を確固たる共通認識と成し得なかったことが、その後の戦争への道、更には敗戦という結果をもたらしたと考えます。つまり、国家的な大戦略が国家の中で、明確且つ共有されたことでの一定の成果を得られ、その大戦略の実現性が多様な認識となった時点から結果として悪い方向に進んだのではないでしょうか。

では、敗戦後はどうだったのか。敗戦後の戦略は、米国主導の国際情勢の中で、国際的な強国を目指す戦前の戦略から経済的な強国、立国を目指す戦略に変わったと考えます。そして、バブル期が経済的な頂点とするなら、戦後日本の戦略が一定の成果を成し得たのではないかと思います。

では、所謂バブル後はどうなのか。失われた10年或いは20年は戦略なき迷走の時期だったように思います。経済立国、経済大国という戦略が、バブル崩壊という形で否定されたことでその方向性を見出せない状況、国家内で共通認識できていない状況に陥っていると感じます。

現状、政府の政策やその方向性をみると、再び経済立国、経済大国としての地位を確固たるものとし、軍事力を含めた国際政治上、外交的な立場、発言力を強化するという方向性が国家戦略となっているように見えます。国として、経済的に豊かになること、国際政治の中で強国を目指すことは、決して間違った方向性ではなく、全面的に否定されるものではないと思います。

しかしながら、現実的に考えるなら、その方向性が唯一且つ絶対的な方向性ではないと思います。経済的な側面で考えると、人口減少の日本において、経済的な基盤という意味で、国内の需給バランスが戦後からバブル期までの状況と違うことを鑑みれば、いくら世界的に付加価値の高いものづくりをしたとしても、一定の経済成長をなし得るのかどうかは疑問です。また、歴史を振り返り、現在の欧米先進国との国際政治の世界での現状をみると、日本の強国としての立場をどのように確保できるのかをも慎重に考える必要があるのではないでしょうか。

極めて極論なのかもしれませんが、ものづくり、先端技術、経済大国というキーワードに、軍事力を含めた強国という方向性を掛けると、先端技術の兵器製造による経済立国という安直なシナリオが見え隠れするように感じます。

国の方向性を今一度深く議論すべき時期ではないでしょうか。
 
後藤 身延
会社員

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