敗戦を予見した金融市場--アベノミクスに語りかけるもの

2014年08月15日 00:01

私は、記者として為替、株、商品などのマーケット取材の担当をした。そこで市場の奥深さが好きになった。一つの価格には、さまざまな問題が織り込まれ、経済や社会の実情を映し出すためだ。

こうした経験を踏まえて金融市場の不思議さを示す興味深い話を3つ紹介したい。8月15日の終戦記念日にちなみ戦争と株式・金融市場の関係だ。

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日本の戦時国債、Wikipediaより、敗戦の後のインフレで紙くずになった


戦争の終わりを予見した株価

1945年7月に米英中の三カ国は日本の無条件降伏を求める「ポツダム宣言」を発表した。政府はその対応策の協議を続けたが、結論はなかなか出なかった。最終的には同年8月14日に昭和天皇の「聖断」が下され、翌15日に終戦の詔勅が発せられた。しかし15日未明に陸軍将校によりクーデターが起きて近衛師団長が殺害されるなど、情勢は最後まで混沌とした。

日本海軍の実戦部隊を指揮する連合艦隊司令部にも、政府から情報が伝わらなかった。本土決戦か、降伏か。当時、日吉(神奈川県)の地下壕にあった司令部から、参謀らが情報収集に走ったが、情勢が動いているため分からなかったという。

情報参謀の中島親孝中佐(終戦時)は、そこで株価に注目した。当時、東京の一市場に集約されていた株式市場は8月10日に閉鎖されていた。しかし閑散とした株式市場に異変があった。8月に入って突如、「平和株」と呼ばれる銘柄、つまり百貨店の三越、さらに繊維産業の東洋紡、鐘紡など、消費や生活に密着する企業の株価が上昇した。

中島中佐は株価を参考に「われわれの知らないところで何か重大なことが、討議されているらしい」という分析を会議で報告。戦争術しか知らない海軍のエリート軍人たちは、その手法に驚いたという。投資家の先読みか、ポツダム宣言受諾の情報がもれたのか、この株価上昇の理由は今でも分からない。しかし誰かが、買いに動いていたことは間違いない。

米軍の動きを伝えた株価

戦争はアメリカの株式市場にも影響を与えていた。日本で当時、「マッカーサー参謀」とのあだ名で呼ばれた堀栄三陸軍中佐(終戦時)という中堅将校がいた。参謀本部やフィリピンの第14方面軍の情報参謀を務め、米軍の行動や侵攻兵力を的確に予想した。敗戦後、米軍に徹底的な調査を受けるなど、敵にも警戒された人物だ。

その行動は回想録『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』(文芸春秋)で残されている。同書では国や軍が組織として情報の感度や理解が鈍いなかで、堀中佐が苦闘する姿がつづられている。

堀中佐の情報分析の手法は、オーソドックスなもの。可能な限り情報を集めて、仮説を作り、それを推理とさらなる情報で検証していく。敵情を分析する中で、「株価」は重要な役割を果たしていた。

著書の中で、歴史研究者の保阪正康氏が紹介したエピソードだ。

米軍が太平洋地域で大規模な侵攻作戦を開始する数か月前に、ニューヨークの株式市場で、特定の製薬、食品会社の株価が動いた。短波ラジオや雑誌・新聞などの刊行物で、アメリカ社会の動向を分析していた堀中佐はそれに気づいたという。そして判断の重要な材料にした。

太平洋戦線は何もインフラがない熱帯地域で戦闘が行われる。マラリアなどの熱帯性伝染病薬や、手術用の薬、そして保存食を、米軍が準備段階で大量に発注する。すると企業業績が好転するため、それに敏感に反応して株価が動いていたという。

この「兆し」に気付いた、堀中佐の慧眼に驚かされる。旧軍というと「ヒステリックな集団」というイメージがある。もちろん批判される点はあるものの、当時の日本の最良の人々が集まった集団であり、その洞察は時代を越えて感銘を受けるものもある。

国債は戦争の行く末を当てる

中央大学教授の富田俊基氏に『国債の歴史』(東洋経済)という大著がある。そこにも金融市場と戦争の関係が記されている。国債とは国の借金である。そして、17世紀以降は、大半の欧州諸国で、「王の借金」から、議会の承認による「国民の借金」に変わった。その結果、「合理的に考えれば、国民が自らの財産を減らすことはない」という前提から、国債はその国の債券の中で最も重視されるものになった。

ナポレオン戦争から第二次世界大戦まで、金融市場で普遍的に観察される事実がある。ロンドンのシティで取引される交戦国の国債価格はたいていの場合で、条件を同じに直すとすべての敗戦国は戦勝国より低いのだ。第二次世界大戦中でも日独伊の戦前発行の国債がシティで売買されていた。利回り(国債価格が上がる=国債が買われると、下がる)は年20-30%超を乱高下し、英米の5%前後よりはるかに高かった。

ちなみに今は国債のリスクを見るために、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という指標が開発されている。最近の中国と日本の国債を比べると、CDSの上では、中国国債の信用度が、2010年ごろ日本のそれより高かった。今はそれがほぼ拮抗している。中国の政情不安と、日本の借金の膨大さが、リスクの上では同視されているのだろう。

「神の見えざる手」で、市場が未来を示す

「市場」を嫌う、アンチビジネスのおかしな風潮が現代の日本にある。太平洋戦争当時の日本にもあった。統制が正しく、私利追求を悪とする風潮だ。政治の現場では、民主党や共産党の政治家が堂々と企業を批判する。鳩山由紀夫元民主党代表・首相は「市場原理主義だからダメだ」という意味不明の言葉を、民主党への政権交代前に自民党政権を批判する際に連呼していた。とても異常な光景だ。

ところが金融市場を観察すると、その運営は比較的公平だ。確かに市場では資金量が力関係を決める。しかし巨大投資家の背後には、その資金を委託した投資家がいる。誰も独裁者になれない。そして資金は、短期的にはバブルなどの弊害を起こすこともあるが、長期的には合理的な方向、つまり利益率の高いところに流れる。その動きの原動力は私利追求によるものだ。

利益率の高さを生むビジネスをしている人は、たいてい努力をして優れたサービスをしている人や組織であり、競争をしている人だ。そうした人を金融市場は支える。そこには、社会主義体制や、公務員の仕事で見られるような停滞も、無駄も少ない。

こうした仕組みが金融市場では自律的に動き、全体を調和させる。アダム・スミスは「神の見えざる手」と、印象的な言葉で市場の力を描写した。この言葉が当てはまることを、市場を観察すると実感する。機能が適切に運営される限りにおいて、市場取引を中心に据えた経済システムが一番効率的になる。
 
株式・金融市場は奥深い。今、この瞬間も、誰かの動き、そして未来へのメッセージを、株価に織り込んでいるかもしれない。

安倍首相とその一部の支持者の好きな大日本帝国は「失敗国家」と認識すべき点が多い。第二次世界大戦中の戦時経済では統制を志向。そして民力、そして経済の力を活用できずに自壊した。

直近の株価を見ると、アベノミクスの「偽薬効果」は息切れし、株価は横ばいが続いている。安倍首相は安保と外交に注力している。それも大切だが、経済問題、特に原発の再稼動、福島の過重な放射線防護対策や賠償の見直しなど、重要な問題に向き合ってほしい。

大日本帝国の先行きを示したように、今の日本の株価は安倍政権の先行きを、示し始めているのだろうか。

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安倍政権発足の12年12月から今年8月13日までの東証のJPX日経400の値動き。昨年秋から値上がりが止まっている。(出典・東証)

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