海老原嗣生「一生懸命『働かない』社会をつくる」

2014年09月16日 19:00

小学校教師というものをしていると、つねに教育の目的とはなにか、とかんがえる。教育基本法によると人格の完成というが、やはり就職・労働という”出口”はかんがえておかなくてはならない。海老原氏は、エグゼンプションの問題にからめて日本と欧米の労働市場のちがいを指摘する。これこそ、現況のキャリア教育にぬけおちた、しかし働くうえでとても重大な視点だろう。

いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる

ながらく日本の人事管理は、年功昇級・昇給が基本となっていたが、近年それがゆるくなってきた。しかし、ヒラであるかぎり依然として年齢による給与アップはおおきく、若年者よりも難易度のたかい仕事をまかされる傾向はかわっていない。それについていけない社員はきびしい査定で賞与による年収調整をおこなう。プライドはボロボロだ。しかしそれでも市場給とは乖離した高給のため、彼らは転職もままならない。一方、欧米では、当初の職務内容のまま、業務も給与もかわらない。このため、熟年労働者のほうが当然コストパフォーマンスがたかいために、若年者が労働市場に参入しにくくなる。その反面、日本は中高年が割高になるため、新卒を採用するインセンティブになり、若年労働問題は(欧米と比べて)はるかに緩和されている。


フランスでもエリートは日本の社畜とよばれている人たち同様長時間労働をしいられている。ただし、欧米は、一部のエリートと、多くのノンエリートにわかれている。ノンエリートはやすい給与のかわりに労働時間は守られ、定型業務で昇給もしないためキャリアの断絶もそれほど問題にならないので、WLBもそこそこだという。

つまり日本型人事は、正社員は”全員エリート候補”がタテマエのため、無茶な長時間労働をしいられるということだ。

また、海老原氏は、年収用件よりも「無限定に何でもやらせる」ことへの規制の重要性をのべている。例えば、エグゼンプションに関していえば、アメリカの法律は、職務の限定性と労働時間が自分で決められるかどうかを重視しているという。日本のように無限定に業務がふってくるという現状で、幸せといえる人はすくないだろう。

後半は、どこまで日本の人事制度を変えるべきかという提案になっていくが、首肯する部分もおおいが、わたしは一介の教員のため、その妥当性・実現可能性は、判断しかねる。企業につとめられている方はおおいに膝をうつのではないだろうか。

しかし、これ以外にも重要な指摘がおおい。日本の企業はメンバーシップ型雇用で、欧米のようなジョブ型ではないという視点も、児童生徒・学生といった若者につたえていかなくてはならないだろう。われわれ教師や親はよくわからないので「やりたいことを見つけなさい」と無責任にいってしまう場合がおおい。日本で多くの新入社員が直面するのは、ジョブ型で入社したつもりが、日本はメンバーシップ型の採用だったという齟齬もあるのではないだろうか。「13歳のハローワーク」や「キッザニア」も大切だが、すくなくともわれわれ大人は、この就業形態のちがいに自覚的にならなくてはならないだろうし、われわれ教師もキャリア教育として、ある程度の年齢の若者には伝えていく必要があると思う。

日本の人事制度や働き方を客観的に見つめ直す機会をあたえてくれる良著である。この視点がキャリア教育にとりいれられることをねがう次第である。もちろん、これ以外の進路もあるということを伝えることも、わすれてはならないが。

中沢 良平(公立小学校教師)

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