患者が医者にチップを渡す時 --- 長谷川 良

アゴラ

右目の手術後、うつぶせを強いられた結果、右手小指が24時間、痺れるという症状を罹っている。家庭医は「長い間の不自然なうつ伏せのため、首の筋がやられたのが原因だろう」と診断、医学療法センターを紹介してくれた。当方は既に2週間、週に3回、首筋のウルトラシャウ・マッサージ、首筋から右手先にかけ電磁療法を受けている。


話は電磁療法を受けていた時だ。隣の部屋で療法が終わったのか、治療師と患者が世間話をしだした。カーテン越しに患者が治療師にチップを渡す会話が耳に入ってきた。患者が病院で看護婦、治療師、医者にチップを渡す、などは考えたこともなかったので、「まずい。チップを用意してこなかった」と、自分の財布に小銭がなかったことを嘆いたが、「それにしても病院で患者がチップを渡すことなどあり得るのだろうか」と冷静になって考え直した。

患者がクリスマス・シーズンになると家庭医にちょっとしたプレゼントを渡すことはあるが、普通の時、「あなたの治療に感謝します」といって患者が医者や看護婦にチップを渡すシーンをこれまで見たことがなかった。

帰宅して妻に話すと、「治療師は患者と直接接触するから、治療後ありがとうという意味でチップを渡したのだろう。あなたが医者によく治療してくれたね、といってその場でチップを渡したら、医者は驚き、受け取らないだろうし、ひょっとしたら怒り出すかもしれないわ」という。妻は正しいのだろう。

患者は良き病院をみつけ、優秀な医者に診てほしいと願っている。また、病院では少しでも時間をかけて診察してほしいと願うものだ。だから、病院でレストランのように患者が看護婦、医者にチップをあげようとするケースは絶対にないとはいえないだろう。

ちなみに、当方はウィーン市健康保険に加入している。通っている医者が良くない場合、市民は四半期ごとに医者を変えることが可能だ。ただし、家庭医の場合、多くの患者は引っ越しなどがない限り、一度通いだした医者のところ行く。

若い市民はインターネットで医者探し(特に、専門医)をするケースが多い。医者に対して患者が採点を下しているサイトがあるからだ。「あそこの医者は不親切だ」とか、「待ち時間が長い」といったコメントが掲載されているから、新しい家庭医や専門医を探す市民はその評価を参考にして医者を探す。もちろん、患者のコメントは厳しいが、腕もよく、信頼できる医者もいるから、患者のコメントは必ずしも助けになるとは言えない。

良き医者を見つけるのはどの国でも決して簡単ではない。患者が医者にチップを渡すような習慣が定着したらその医者探しの混乱は一層深まるだろう。

ところで、当方の右小指は既に2カ月間、痺れている。医学療法センターに通っているが、治っていない。ひょっとしたら当方が治療師にチップを渋ったからではないか、といった根拠のない妄想が浮かんできた。患者は常に弱い立場にあるのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。