低賃金だけが退職理由か --- 楢原 多計志

アゴラ

また介護職員の処遇改善が論点になっている。2015年4月の介護報酬改定をめぐる厚労省の社会保障審議会介護給付費分科会の審議では、「処遇改善加算の継続をお願いしたい」「基本報酬への繰り入れを」と介護事業者団体から報酬引き上げを求める要望が強く、最大の論点になっている。なぜ、介護職員が集まらないのか、どうして定着しないのか、介護事業者に責任はないのか。原因を正確に把握しない限り、慢性的な人材不足が続くだろう。


◆最大100万人

厚労省の予測によると、13年度に介護保険サービスの利用者は556万500人。前年より22万9,900人増えた。伸び率が高いのが要介護度の低い「要支援1」「要支援2」の利用者だ。要介護度が重くならないよう予防の視点から介護予防サービスを使うケースが増えている。

このまま進めば、介護の必要性が高まる75歳以上(後期高齢者)が25年には2,179万人に達し、全人口の約18.1%を占める。15年推計値より5%余も増える計算だ。65歳以上の高齢者世帯でみると、25年には世帯主が65歳以上の単独世帯や夫婦のみの世帯が25.7%となり、約4世帯に1世帯が高齢者世帯となる。

これに対し、介護職員や看護職員は慢性的に不足している。12年度データによると、介護職員数は約149万人。厚労省は25年問題をクリアするには237万人~249万人が必要になる。つまり最大で約100万人以上を補充しなければならない。生産年齢人口(15歳から64歳)の減少もあり、必要な介護職員を確保できなくなれば、介護保険制度のサービス低下を招きかねない。

◆運営・理念に不満

全体として介護サービスが拡大しているにもかかわらず、なぜ介護職員が足りないのか。マスコミは「低賃金」「3K職場」と報じているが、内情は少し違う。

離職率をみると、全産業が14.8%なのに対し、ホームヘルパーなど訪問介護員14.0%、特別養護老人ホーム(特養)などの施設介護員17.7%。介護職員の離職率が飛び抜けて高いわけではない。非常勤の訪問介護員は全産業より低い。

賃金はどうか。単純に賃金水準の比較するのは難しい。あえて勤続1年未満の20歳~24歳の所定内給与額を比べると、全産業が19万2千2百円なのに対し、福祉施設介護職員は男性17万9千5百円。女性17万6千4百円と低いが、零細な介護事業所が多いことを考えれば、大差とは言い難いだろう。

では、離職の理由は何か。財団法人社会福祉振興・試験センターの12年度調査によると、介護のプロともえ言える介護福祉士の離職理由(複数回答)のトップは「結婚、出産、育児」で、一般企業と変わらない。2番は「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」。3番「職場の人間関係に問題があった」と続き、「収入が少なかった」は4番目だ。賃金への不満もあるが、家庭の事情や事業所や経営者への不満や人間関係の悪化から職場を去るケースが多いことが分かる。

◆非就業率4割

厚労省や自治体が期待を寄せているのが国家資格である介護福祉士だ。13年9月時点、約108万6千人が登録しているが、実際に働いているのは約63万4千人にすぎず、介護現場で働いていない「潜在介護福祉士」が約45万2千人もいる。“非就業率”は実に41.6%。これでは国家資格が泣く。

一方、社会保障審議会福祉部会は人材確保とともに社会福祉法人の見直しを議題に審議を進めている。年度内に特養などを運営する社会福祉法人に対し、経営の透明化(財務情報のなどの開示や評議員会の設置義務化など)や監査の強化などの法制化を諮問・答申する見通しだ。

介護職員の離職には、賃金以外にも、「世襲的な役員人事」「不透明な役員報酬」「丼勘定の会計処理」「昇給制度や退職金制度の不備」などの不満が横たわっている。介護報酬の底上げも必要だが、介護事業そのものにメスを入れる時だろう。

楢原 多計志
共同通信社客員論説委員


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年10月7日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。