創造的な仕事を成したい人に-書評『千住博・絵を描く悦び』

2014年10月10日 07:31

時代を切り開く画家の背景の奥深い思索

screenshot-s

軽井沢千住博美術館ホームページ

日本画家の千住博さんの作品を見たことがある。特に、滝や水のモチーフをめぐる連作に、「絵を見る悦び」を味わうことができた。日本絵の伝統を引き継ぎながら、どこにもないオリジナルな世界。絵に発する力があり、そこから自分のイメージが広がった。


_SX230_その千住さんの2004年の著書『千住博の美術の授業 絵を描く悦び』(光文社新書)を画学生の知人に教わり読んだ。美学生向けの講演だが、深い感銘を受けた。これは美術学生の間で、バイブルのように読み継がれている本という。確かに、美術の教科書、ノウハウ本として読める。

しかし、千住さんのその求道の心構えは、創造的な仕事を成し遂げ、自分を高めたいと願う、すべての人に役立つ本と思った。自分の読書の感動を伝えたいと思う。

私は、経済記者として、文章で世の中を切り取る仕事をしている。仕事がすなわち修行だが、その仕事は自分の能力の乏しさゆえに行き詰まっている。この本の絵を「文章」に置き換え、自分の仕事に引き寄せると、多くの学びがあった。もし、この本にもっと早くに出会えたら、自分の右往左往が少なくなり、もう少し正しい道を歩めた気がする。自分の仕事や学びに今すぐ応用したいとワクワクする。それほど素晴らしい本だ。

仕事とは社会への問いかけ

人の外部には、その人を動揺させるさまざまなものがあふれている。そして、それは芸術の世界でも同じらしい。流行、欧米の最新潮流、批評家の声、業界内の人間関係と評判-。

ところが、千住さんは「絵を描くことは、自分にあるものを見つけて磨いていくこと、良さを磨いていくこと」「自分にあるものだけで絵を組み立てる」ということ、絵を描く行為を規定する。外部には関心を過度に向けないのだ。

もちろん、それには徹底的に学び、吸収し、描き続けなければならない。執筆時46歳だった千住さんは、何があろうと、朝7時にアトリエに入るか、スケッチブックを持ち、年間数百点描く生活を25年続けているという。「絵がなければ私は死んでいた」とさえ、千住さんは、かっこつけずに、さらりと言う。

吸収し、それを捨て、自分の無意識をたぐり寄せる。残ったものが自分のものという。そして余白をつくり、「何を書かないか」も、絵の構成で大切なものだそうだ。千住さんの作品で、水や滝を描いているのに、私の内面で音や、日本の山水のイメージが広がったことがある。書かないこと、そぎ落としたことによって、オリジナルな千住博の作品世界が作られ、それが見る私を貫いた。

千住さんによれば絵を描く営みとは、「感動」「人に伝えたい心」が根底にあり、その表現を通じた、画家による社会とのコミュニケーションという。

「絵とは何かの答えではありません。問いかけなのです。太古からの美術史をひもといて見ると、結局芸術とは、答えの返ってこない永遠に向かう問いかけのようなものです(中略)いろいろ言えば言うほど、何が聞きたいのか、わからないということになりかねません」

こうした平易な、しかし味わい深い文章で、苦しみの先にある創造の悦びが伝わってくる。

千住さんは、画業を大成させた芸術家の共通点として、うまさ、才能ではなく「続ける」「絵への愛」「強靱な精神力」をあげた。千住さんは自分がそうだとは言わないが、徹底的にその通りの道を画家として歩まれた。本の行間から千住さんの人生への「本気」が浮かび上がる。その人生を真摯に参考にしながら、その一部でも参考にしたいと私は願った。

自分を磨き、高めることが生きる悦びに

昨今、「自分探し」が盛んだ。もちろん、これは永遠にどの人の人生でも繰り返される問いではある。しかし、日本全体の経済の低迷、社会の成熟化を機に、あらゆる場に壁ができる中で、そうした自分探し熱が変な形で高まっている。うなくいっていない現実に照らしながら、「ここにはないどこか」にある「本当はすばらしい自分」や「本当はすばらしい日本」探しに熱心になっている人が多い。そして、それを邪魔すると見なす他人への批判に忙しい。もちろん、私もその中の一人。右往左往している最中だ。

ところが、千住さんの本を通じて、その行動の危うさに気づいた。軽薄な借り物の「すばらしいもの」を探し続けても、永遠に「本当の何か」は見つからないだろう。

この本で示された自分探しは違う。外部との関係を保ちながら、自分自身を磨き続け、そこから生まれるかけがえのない自分、そしてそれが創造したものこそ本当に価値がある。そうした人格や、作品を通じて、他者や社会との関係を作り、その関係を深め質を高めることが、自分も社会も豊かにしていく。

千住さんは、才能と努力する力によって、すばらしい絵を描き、私を含めた多くの人の心を揺り動かした。彼は絵と文章であるが、どの人も、仕事や社会活動を通じて、社会とつながっている。私のような凡人も、記者の物書きの仕事を通じて(このウェブ・コラムもそうだが)社会や同時代の人々とつながっている。そのつながりの質を高める努力が、迂遠に見えても正しい「自分探し」につながっているのだ。

「英雄などいらない。私たちのできることは、現実に向き合い、それを愛することだ」。東京大学で政治・外交史の講義を受け持った故・岡義武氏は、大学の学期や市民講座の最終講義で作家ロマン・ロランの言葉を受講生に送り続けたそうだ。

「即心是仏」(こころにそくすこと、これほとけなり)。禅語にいう。自分を磨いて仏性を輝かせることが仏道の実現と説く。すべての参考に値する人は似た結論にたどりついている。

私たちのなすべきは、「今、ここ」で、自分を磨き、時間と自分を慈しみ、信じること。その先に、人生の悦びがあること。そんな気づきを、絵だけではなく、この本からも、千住さんに教えていただいた。

答えは自分の中にある。

石井孝明
経済ジャーナリスト

メール ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑