北朝鮮の若き独裁者と「人工衛星」の話 --- 長谷川 良

2014年10月17日 10:49

北朝鮮の朝鮮中央通信は10月14日、金正恩第1書記が「衛星科学者住宅地区」を現地指導したと報じた。金第1書記の動静としては9月4日以来だ。健康悪化説から死亡説まで流れていた同第1書記は9月中旬にフランスの医師から両足首の関節の手術を受けたという。同氏は杖を引きながら、人民軍の黄炳瑞総政治局長らを同行させて視察した。労働新聞は、上機嫌な正恩氏の写真を大きく掲載した。

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▲宇宙監視中央センター(2013年1月14日、北大使館の写真展示ケースから接写)


好奇心だけは依然旺盛な当方は「なぜ、衛星科学者住宅地区を視察したのだろうか」と考えた。そこで、北朝鮮と人工衛星打ち上げの歴史を少し振り返ってみた。

北は1998年8月、最初の試験衛星「光明星1号」を打ち上げ、宇宙軌道に乗せたと主張したが、同衛星から信号がキャッチできないこともあって、国際社会は「北朝鮮初の人工衛星」と認知しなかった。2009年に入り、北は再び人工衛星「光明星2号」の打ち上げに成功したと表明し、宇宙から革命讃歌「金日成将軍の歌」や「金正日将軍の歌」が流れていると述べた。しかし国際機関が北の人工衛星を必死に探したが、見つからなかった。人工衛星から発信される信号をキャッチできない場合、その人工衛星は墜落したか、軌道に乗らなかったことになる。人工衛星が軌道に乗らず、地球上を勝手に周回している、なんてことは通常、考えられない。

日米韓の3国は当時、「北朝鮮の人工衛星は失敗した」と表明したが、北の「労働新聞」は「光明星2号は軌道を周回中」として「歴史的偉業」と豪語したことはまだ記憶に新しいことだ。

ただし、北の人工衛星科学者は人工衛星が失敗したことを知っていた。科学者である以上、実証できなければ、成功していないことになることを学んで知っているからだ。そこで科学者たちは昼夜を問わず、人工衛星の打ち上げ成功を夢見て奮闘してきたはずだ。

そして2012年12月12日、銀河3号で光明星3号2号機が打ち上げられ、衛星軌道への投入に成功し、同国初の人工衛星となった(ただし、人工衛星の運用には失敗)。人工衛星打ち上げ成功は最高指導者に就任したばかりの正恩氏の初の国家的実績と受け取られた。

平壌郊外に建設された衛星科学者住宅は、人工衛星打ち上げを記念するものであり、衛星科学者を鼓舞し、奨励するために建設されたのだろう。

40日間余り療養生活を強いられきた正恩氏の再デビューの視察先として、人工衛星科学者住宅地区が選ばれた理由を読者の皆さんはもう理解されたと思う。若き独裁者にとって「人工衛星科学者住宅地区」は最高の“書割”だったからだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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