日本を今も助け続ける杉原千畝氏の勇気とユダヤ人脈

2014年10月24日 00:20

あるユダヤ人男性のセンチメンタルジャーニーと安倍首相

000043339私はエネルギー・金融問題を中心に取材を重ねてきた記者だ。そして素人ながら軍事、諜報、外交史の文献を読むのが趣味で、その方面での執筆も始めている。毎日の情報洪水の中で、不思議な人のつながりを見たので、紹介してみたい。

今年の夏、一人のユダヤ人男性の訪日が世界のメディアに取り上げられた。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の名誉理事長であるレオ・メラメド氏。「デリバティブの父」と国際金融界で呼ばれる。安倍晋三首相などを表敬訪問した。(写真・メラメド氏(左)と安倍首相)(外務省ホームページ


1940年、在カナウス(現在のリトアニア)領事だった外交官の杉原千畝(すぎはら・ちうね)氏は、ナチスの迫害を逃れてきた6000人のポーランド人に、日本政府の意向に反して通過ビザを発給し、脱出を支援した。実際にはもっと多かった可能性もある。この「命のビザ」で救われた人の1人が、当時8歳だったユダヤ人のメラメド氏だった。

その経緯は「エスケープ・トゥ・ザ・フューチャーズ」という回顧録に詳しい。メラメド氏は、シベリア鉄道を経て、福井県敦賀市に入港。神戸を経て、ユダヤ人団体の助けを借りて、アメリカに脱出した。

メラメド氏は米国に渡った後で商品ブローカーとなり、1970年代に商品市場だったCMEで世界に先駆け、シカゴ大学の経済学者たちのアイデアを取り入れて、為替先物取引市場を開設。シカゴをデリバティブ取引の重要な市場に育て上げた。ただし逃避行の経験は、メラメド氏の心に、深い傷を残したようだ。「どんなにうまく物事が行っても、心の声がささやく。『用心しろ。その通りの角を曲がったところに、災難が待ち構えているかもしれないぞ』と」。この意識はストレスになる半面、慎重に人生に向き合う態度をつくり、そして成功につながったのかもしれない。

メラメド氏を知る金融マンに聞いたところ、彼はアメリカのエリートによくあるように、仕事では細かく、報酬はしっかり取る厳しい人という。しかし日本企業が支援を求めたり、日系メディアが取材を申し込んだりすると、すぐ面会し、可能な限りの便宜を図るという。そして日本と杉原氏への感謝を、必ず言う。

大阪証券取引所(現日本証券取引所グループ)は、デリバティブ市場の整備を90年代に進めた。その際に、メラメド氏はアドバイザーとして支援しており、来阪した時にインタビューした。メラメド氏と日本、そして堂島米会所について「不思議な縁がありますね」と聞くと、にこやかに笑いながら「ユダヤの歌に、『めぐりめぐって故郷に帰る』という一節があります。デリバティブは、ふるさとに帰ったんですね」と、気の利いた答えをしてくれた。

近代的なデリバティブ市場の先駆けは、日本の大坂に1730年に作られた堂島米会所とされる。会員による合議運営、決済の失敗を担保する制度(現代ではクリアリングハウスと呼ばれる)、立ち会いの公表、先物決済などの米会所の制度は19世紀から米国で研究され、CMEの為替市場づくりでも参考にしたそうだ。

メラメド氏は、エネルギー問題にも関わる。東京工業品取引所(現在の東京商品取引所・TOCOM)が04年に原油先物を上場する際にも、メラメド氏は要人の紹介、市場設計のアドバイスなどのサポートで応じたという。経産省とTOCOMは液化天然ガス(LNG)の先物市場創設を検討中だが、メラメド氏は今年6月の日経新聞のインタビューで「支援したい」と表明していた。

国際金融界、エネルギー界での日本勢の存在感が日ごとに小さくなる中で、メラメド氏は貴重なつながりだ。「今回もメラメド氏の助けを借りるかもしれない」と、経産官僚が話していたという。

杉原千畝の行動は人道目的だけではなかった

安倍政権の外交センスは、なかなかよい。安部氏はメラメド氏の訪問を聞くとわざわざ官邸に招待し、敦賀市への訪問も支援したという。日本人の人道主義を強調し、国際ユダヤ社会にそれをさりげなくアピールした。

杉原氏は、戦後の人員整理の中で、外務省を依願退職扱いで去った。どうも訓令に違反したことを問題視されたようだ。さらに外務公務員の上級職ではなかったために、整理の対象になったようだ。また杉原氏は陸軍の情報士官と行動を共にした優秀なインテリジェンスのプロだった。これも省内の反感を買ったらしい。しかし今では、その人道的行為は高く評価され、政府は強く顕彰している。

杉原氏の行為は正義と人道のためではあるものの、別の目的もあっただようだ。考えてみれば1940年段階で、ナチス・ドイツの異常さは知られていたが、東欧でユダヤ人を数百万人単位で虐殺する犯罪行為はまだ始まっていなかった。杉原氏は助けないという選択肢もあった。しかしポーランドの亡命政権と同国陸軍の情報部が日本陸軍、さらに協力者の杉原氏に強く要請した結果、救出が行われたらしい。(参考「消えたヤルタ密約緊急電–情報士官・小野寺信の孤独な戦い」)

ポーランド情報は、当時の日本のためにもなった。杉原氏と協力関係にあった、スウェーデン駐在の小野寺信陸軍少将は、亡命ポーランド政府情報を使い、「ヤルタ会談」「ソ連対日参戦」「ドイツ敗北」を的確に予想した。残念ながら、それは日本の政策決定に活かされなかったようだ。そうした利益の目的があったとしても、6000人の人々が命を救われ、新しい人生を切り開き、社会を良い方向に変えたことは確かだ。

私たちの行動は、過去と未来の双方につながる

戦争責任や日本の歴史をめぐる議論が再び盛んだ。朝日新聞が従軍慰安婦をめぐって誤報を認めたこと、そして国内世論がナショナリズムを重視する方向に振れているためであろう。アジア・太平洋戦争の敗戦70年という区切りを来年迎えることで、議論はますます議論が活発になり、国際的にも、中国・韓国・北朝鮮の外交的嫌がらせの中で、歴史問題が蒸し返されるだろう。

杉原氏とメラメド氏のエピソードを見て思うのは。日本の過去の人々の思想、行動が、私たち現代の人に影響を与え、そして未来の人々にも影響を与えていくということだ。歴史は読むだけのものではなく、今、私たちがつくっている。

「国家とは過去の祖先と未来の子孫と現在の国民が、同一の歴史と伝統を共有することによって生じる精神の共同社会(spiritual unity)である」

保守派の論客の筑波大学の中川八洋名誉教授は著書「正統の憲法 バークの哲学」(中央公論新社)で、英国の思想家エドマンド・バークを参考に、このように国家を定義する。(中川氏は過激な言辞が多く戸惑うが、これは素晴らしい本だ)この見解に私は同意する。私たちは過去の歴史を良いことも悪いことも、現代の問題として引き受けなければならない。そして私たちの行動が次の世代の人々の人生に影響を与えていくことを自覚しなければならない。

残念ながら、日常の中で私たちはそうした歴史を感じることは少ない。日本では今を生きる人の利益、政治主張がなぜか受け入れられやく、民意に左右される「今だけ良ければ良い」という軽薄で刹那的な民主主義体制が営まれている。

200px-Sugihara_bしかし、杉原千畝氏の6000人を救った行動は気づきをもたらす。

「陰徳」という言葉がある。私たちの今の適切な行動は隠れているように見えたとしても、必ず自分、そして子孫やコミュニティの未来をよくすることにつながる。逆も真なりで、私たちの恥ずかしい行動は、未来の人々に悪影響を与える。「今」の行動には、重い責任が伴っているのだ。

杉原氏に日本人の子孫の一人として感謝しながら、そして6000人の人々の命の尊さを感じながら、このエピソードの意味を考えてみたい

石井孝明
経済ジャーナリスト
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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