サッカー日本代表と反省の見えない日本 --- 後藤 身延

2014年10月29日 09:23

先日、サッカー日本代表はブラジルと戦い、0-4と惨敗しています。両国ともワールドカップから新しい監督に代わっての戦いでしたが、結果を含めてその戦いぶりは対戦相手のブラジルとは対照的なものになったように思います。日本のW杯は、予選リーグで1勝もできないという結果、対するブラジルも自国開催で優勝を目指しながら、ベスト4に留まり、さらにはドイツ戦での大敗と両国共に課題を残したW杯でした。その結果を受けての対戦でしたが、ブラジルはW杯で課題とされた若い代表チームを見直し、前回代表から外れた選手を召集しています。一方、日本も代表選手に新しい顔ぶれも見られるものの、その戦いぶり、内容をみるととても惨敗の結果を分析し、その反省をしたとは思えない内容でした。


日本はどうして、客観的な分析に基づいた反省がなされないのでしょうか。或いは反省があったとしても、その教訓を活かすことができないのでしょうか。サッカー日本代表のことは、次のW杯までこれから反省を踏まえたチーム作りなのかもしれませんが、ブラジルの課題に対する対応をみるなら、日本の対応が不十分であるようにみえます。元々、日本はW杯の結果をしっかりと分析し、その課題を認識できているのでしょうか。或いは課題抽出をする組織体制になっているのでしょうか。前日本代表監督は、W杯後、さっさと自国に帰国してしまい、主要選手の一部も所属チームの本拠地に帰っています。敗戦の客観的な分析は、選手や監督ではなく、組織の中枢が担うものなのかもしれませんが、その時何があったのかという重要な情報は、選手の心理面も含めて、前線の選手や監督が一番よく知っている情報であるのだから、その情報を収集しておくべきではなかったのではないでしょうか。新監督の下に別の形をこれから作るということなのかとは思いますが、今一度、しっかりと自らを見つめなおさないといけないように思います。

従来、スポーツの世界では、日本人は体格や体力面などが外国に比べて劣勢であり、トップレベルにいくのは難しいとされてきました。しかし、女子サーカーは、世界のトップの水準です。また、陸上の短距離走でも今までは体格的に太刀打ちできないとされていたのが、日本人の体格にあった走法により、その水準を上げています。さらには、まったく世界には通用しなかったラクビーも、新監督の指導の下、日本人の特性にあった戦法に変えて善戦しています。

サッカーでも、個々の選手を見れば、欧州リーグで活躍する選手も増え、以前より選手のレベルが上がっているのは確実とみえます。だから、W杯でも「もっとやれる」と期待したように思います。しかし、チームとして、組織としての反省や客観的な分析無しに今以上を望むのは難しいように思います。負けた原因やその要素、その過程を分析し、答えを導きだすのは難しい作業であり、明確な答えが出ない場合もあると思いますが、真摯に過去と対峙することが無意味な作業であるとは思えません。

さて、このようなこと、過去の教訓を活か仕切れない現象、或いは、そのことが客観的に外部からは見え難い現象は、サッカー界のみならず日本の社会組織全般にわたる現象であり、同時に大きな課題ではないかと思います。以前、当アゴラにおいて、私は「対ロシアで日本は筋の通った外交を」の中で、外交政策として歴史の教訓が活かされていないのではないか、としましたが、今回のサッカー日本代表を戦いぶりを見ると、過去の教訓が活かすことが不得手な或いは過去の教訓を活かしたことが外部からは見え難い、日本が見えてくるように思います。

日本はアジアの一部隣国から、「歴史認識が違う」と言われています。このことは非常に政治的且つ外交政策の駆け引きの中での発言ですので、このことに言葉通りに呼応する問題ではありませんが、日本が自戒を含めて考えることは、「なぜいつまでもそのようなことが言われるのか」同時に「本当に過去の歴史を客観的に分析し、本質的な部分において、過去と対峙し歴史の教訓を得ている」といえるのかどうかではないでしょうか。戦後、日本は政治体制も変わり、太平洋戦争が軍部主導で行われ、アジア諸国に対する侵略戦争であったことを認め、平和憲法の下、2度と同じような過ちはしないとしています。

しかしながら、外から見るとそれが納得できない、その言葉通りに理解されていない現状があるように思います。それは、自らが過去と対峙していることを明確に示せていないか或いは本質的な部分で日本の統治体制が変わったようには見えないかのどちらかではないかと考えます。「検証 太平洋戦争とその戦略1-総力戦の時代」(中央公論新社)の中で、戦時の総力戦体制である官僚主導体制が、戦後、経済総力戦体制になり、経済復興を成し得たと論じています。このことですべてを説明できるものではありませんが、本質的に日本の統治体制が変わっていないのではないか、また、同じ過ちを犯す可能性がゼロではないと疑念を持たれる要因の一つのように思います。負けたという現実を今一度真摯に振り返ること、そして、その結果を外部から理解されるような形にすることが、日本の課題ではないでしょうか。

後藤 身延

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