大英帝国を支えた「19世紀のインターネット」 - 『海洋帝国興隆史』

池田 信夫



資本主義は、イギリスの生んだ特殊なシステムである。大英帝国がなければグローバル資本主義は生まれず、たかだかヨーロッパのローカルな経済システムに終わっただろう。ウォーラーステインも指摘したように、資本主義は生まれたときからグローバルであり、そうでないと存続しえないのだ。

しかしそれは、彼のいうように国家と経済の分離したシステムではない。初期の資本主義の主役だったオランダでは、経済の主役は国境を超えて自由に貿易する商人だったが、イギリスはそれに対抗して保護貿易を行なった。自国の商船を守る海軍が世界に領土を広げ、植民地からの収奪が大英帝国の財政の基礎となった。

このように植民地と一体化した帝国を築くことができた一つの原因は、電信網の建設だった。イギリスは電信事業を国営化し、19世紀後半に世界にネットワークを築いた。1851年に世界初の海底ケーブルがドーバー海峡に敷設され、1871年にはそれは長崎まで延長された。1913年の段階で、世界の電信ケーブルの80%をイギリス政府がもっていた。

グーテンベルクが情報生産を効率化したように、電信は情報伝達を効率化し、世界を変えた。活版印刷が15世紀のコンピュータだとすれば、電信網は19世紀のインターネットだった。これによってイギリスは「産業革命」を卒業し、金融によって世界をコントロールする帝国を築き上げたのだ。

この意味で資本主義は、植民地から収奪する金融システムであり、そのインフラは通信と海運である。イギリスの海運収益は20世紀になっても投資収益を上回り、両者の黒字で貿易収支の赤字を埋めていた。

日本は大英帝国から100年遅れて投資収益で食う国になったが、いまだに「貿易立国」の幻想にすがり、日銀が円安誘導して投資収益を減価させている。政府が資本主義を理解しないかぎり、日本経済の衰退は止まらない。