バチカンの冷徹な戦略外交 --- 長谷川 良

アゴラ

世界に約12億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁の外交が今月、改めて注目された。一つは米・キューバの外交関係改善への橋渡しでバチカンが大きな役割を果たしたというニュースだ。もう一つは、フランシスコ法王がチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世との会見を、「不都合が生じる可能性がある」として、会見を拒否したという。この2つのニュースは一見、バチカン外交の明暗のように受け取られるかもしれないが、実際は同じ原則に基づく外交政策だ。


オバマ米大統領が12月17日、ワシントンでキューバとの外交関係を改善し、両国関係の正常化に乗り出すと発表した直後、バチカンは、「米国とキューバ両国関係の改善促進のためにフランシスコ法王が両国首脳に書簡を送るなど、、両国関係改善で貢献してきた」と表明し、外交の舞台裏の成果を強調することを忘れなかった。

バチカンがキューバに強い関心を払うのは、カトリック教会がキューバの主要宗教だという事実がある。キューバ革命後、両国関係は一時途絶えたが、故ヨハネ・パウロ2世(1998年1月)、前法王べネディクト16世(2012年3月)の歴代法王はハバナを訪問し、関係改善に努力してきた経緯がある。

一方、「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」に参加するためにローマ入りしたダライ・ラマ師は11日、「フランシスコ法王との会見を希望したが、バチカン側から拒否された」と明らかにしている。理由は大国・中国への外交的配慮だ。ANSA通信によると、バチカン報道部もその点を認めている。

バチカンは中国共産党政権との関係樹立に腐心してきた。中国外務省は過去、両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ法王ではなく、中国共産政権と一体化した「愛国協会」が行い、国家がそれを承認するやり方だ。バチカンは司教任命権を北京に委ねる考えはない。

バチカン内には、対中関係の正常化を求める声は強い。カトリック教会にとって中国は魅力的な宣教市場だからだ。べネディクト16世は「中国の信者への書簡」を公表するなど、バチカンが北京に熱い視線を注いできたことは周知の事実だ。今回、中国共産党政権が反発するダライ・ラマ14世との会見を拒否したのはある意味で当然の決定だったはずだ。

欧米メディアはフランシスコ法王がダライ・ラマ14世との会見を拒否したことに失望し、批判したが、バチカンの外交はキリスト教的人道主義に基づくものではなく、他の国と同じように国益を最優先する点で変わらないのだ。

実例を挙げる。2008年独立宣言したコソボの国家承認にバチカンが難色を示した背景には正教との関係問題があったからだ。セルビア正教、ロシア正教との関係を犠牲にしてアルバニア系のイスラム教徒主導のコソボの国家を承認する必要はないからだ。

バチカン外交には、「宗教の自由」、「少数派民族の権利擁護」など綺麗な標語が常に伴うが、実際は、米国や他の国と同様、国益外交だ。具体的には、教会の宣教と拡大を最優先する冷徹な戦略外交だ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。